⑺帰って来た妻
下の子が五歳の時に居なくなった。
四十六才の時 会社から帰った時には妻はいなかった。
中学生の長女が手伝ってくれた。
母親の必要な時期に、なにも言わずに居なくなった。腹が立ったが時間が過ぎると妻の存在はこの家から消えていた。
父親は長女の結婚の時、娘の成長に泣いた。
最近 風呂場の壁の鏡に映る自分の姿が侘しい。
子供達が大きくなりその時、親は老いている。
最近 皮のたるみが眼に余る。
子供達はみな良い子に育った。もう妻がいなくなって十四年。
昨年三月停年。今、何をして暮らしていこうかと考え中。
下の子も今年の三月に,姉の近くに部屋を借りた。
今夜もテレビを見て呑気なものだ。
電話が鳴った。子供ならスマホにくる筈。
驚いた。電話から懐かしい妻の声がした。身体が震えた。
「後二か月後に帰るから」電話が切れた。
受話器を置いてもまだ妻の余韻が残っていた。
この話しは子供達には話さない方がいい。
その後(フゥ)と深い息をついた。(なんの溜息なのか分からない)
長い間。待ちに待った。そして帰って来た。
妻は出て行った時と同じに若く綺麗だった。
家に入るなり掃除を始めた。買い物を頼まれた。妻の好きなウイスキーを買う。買い物の最中も妻の顔が浮かぶ。
玄関に置きっぱなしだった妻の荷物は部屋に運ばれていた。
夕食は豪華で味付けも出て行く前と同じだった。
時々振り向く笑顔が可愛い。
{{その時、気をつけろ!! そんなに喜んでいると作者に突き落とされるぞ}}と声がした。
その通りです。
それから半年。妻はこの生活に耐えられなくなっていた。
三日前、計画通り 退職金から五百万円を貰った。
それで部屋も借りて家財も揃えた。勿論知られないように。
それから一か月後、妻は普通預金の中の二百万円と共に消えた。千円単位の残高の通帳とカードはテレビの上にあった。
妻の帰った事を子供に知らせずにいたのは助かった。
[お父さん。台所もトイレも綺麗だね]
その時、父さんは “小さい声”で「お前達がくるので掃除した」
と云うツモリ。情けない。
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お正月。子供達が集まった。一年に一度皆で集まる約束だ。
知っていた。あの女はお金が無くなったらまた来るだろう。そして籍を元通りにしてくれと言う。
年金とこの家狙い・・・
除夜の鐘の鳴る前に子供に話し始めた。
子供達に残っている退職金を分けた。
葬式代の三百万円は定期にして上の子に預け、古くなった浴室とトイレを直すとも言った。(言わなかったのは、浴室の壁には鏡を付けない) と云う事。お金は残っているお金から出すと説明した。
年金で充分食べていける。
子供達は、家と土地は皆がここで生まれ大きくなった家だから、壊さないでおこうと共有財産にしたいと言う。古い家でもいつでもここに集まろう。玄関の鍵を皆の分だけ造った。
子供達はいつでも優しかった。
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