メンタルクリニックで処方してもらった薬は、効いてくるのに1週間から2週間かかるそうです。

 

夫は職場に診断書を提出して、休職中です。

家にいて苦しんでいます。

薬を飲んではいるものの、まだ効いてる様子はなく寝ていられないのです。

 

暗闇で、布団の上で膝を抱えて体をゆらゆらさせています。

ずっと。

 

話しかけても、しっかりした返事はありません。

 

食事は自分からは食べないので、

用意して一緒に食べようと誘うと席にはついてくれます。

 

私が仕事に行っている間、お昼ご飯は食べてはいないようでした。

後から聞いたのですが、食事を採らずにいたら死ねるかもしれないと、自分から食べることはしなかった…というようなことを教えてくれました。

 

全てに、生きようとする力がない、それがこの鬱の恐ろしいところなのだと思いました。

 

仕事が終わって急いで家に帰ると、18時。

家の中は真っ暗です。

 

暗闇の中、ソファに座ってじっとしています。

 

後から聞いたのですが、昼間に人がいるとご近所に気付かれたくないので息を殺していた、と教えてくれました。

だから電気もつけなかったのだと。

 

こんな状態の夫に、どんな言葉をかけても届いていないように感じました。

 

ずっと、理由もなくただ底知れない不安が夫の心を支配しているのかと思うと、

早く薬よ効いてくれと思いました。

 

朝、起きると

夫は目を覚ましていて、布団に入って横にはなっていますが、様子がおかしいです。

 

尋常じゃない様子とはこうゆうことを言うのかと、声をかけるとうずくまって震えています。

不安が彼を殺そうとしていると恐ろしくなって、私は仕事に行けませんでした。

 

急に仕事を休むのはイヤだった私ですが、このときばかりは電話で体調が悪いから休みたいと連絡しました。

 

一人にしておくと、死んでしまうかもしれない。

本当にそう思っていました。

 

次の日、仕事に行きました。

でも、心配です。

1時間おきに電話して安否確認したいくらいです。

 

実際は、お昼休みに一度だけ電話して声を聞いて一安心して、

そして仕事が終わると急いで帰りました。

 

こんなとき、無理してでも仕事を休めばよかったのかもしれません。

でも、職場にどう言えばいいのか。

 

家族が危篤で入院していて、心配だから付き添っていたいと

他の病気だったら言える気がします。

 

でもこの時、鬱病で診断書も出ているのに、

死の危険がある、そう思っているのは自分だけで、

お互いの両親にもまだ話す余裕もなくて、

 

どうしたらいいのか、自分でもわからなかった。

 

この、お昼休みに安否確認の電話はしばらく続きました。

 

後から聞くと、これは文字通り命をつなぐ電話だったそうです。

 

夫は私が仕事に行くと、どう死のうかと考えていたそうです。

お昼に私から電話があるので、それには出ないとマズイと思ったそうです。

もし出なければ、

警察か、消防が来る、玄関をドンドンされて騒がれる、

と思っていたそうで、

 

…当たってる、と思いました。

 

連絡がつかなかったら、

すぐに119番して、

事情を説明して、玄関の鍵をこじ開けて中に入ってもらって、

自分もすぐに早退して帰ろうと思っていましたから。

 

お昼の電話に出てから、

またどう死のうか考えて、

ネクタイを首にかけたりしていると、

私が帰ってくる時間になるので今日もできなかった…

と、そんな一日を過ごしていたそうです。

 

薬が効くまで1週間は、こんな危篤状態。

でも、なんとか持ちこたえてくれました。

 

 

 

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彼は長時間労働が当たり前の業種だそうです。
(私はわりと定時で終わる職場が多かったのでその苦労を知りませんでした)

就職してからなので、たぶん16年くらいずっとそんな感じの働きっぷりだったのだと思います。

休日はほぼなくて、毎日23時まで仕事。

でもブラックではないらしいです、時間外手当がちゃんとついたから。




彼の努める会社は、従業員20人に満たない小さな会社です。

結婚する前は9-23時で働き、休日はほとんど仕事していたそうです。
しかし結婚してからは休日出勤はやめて、平日もがんばって22時で帰るようにしてくれました。

そんな生活が約1年。

なのに。
私は当時、彼の働き方に不満がありました。

私は勤務時間が8-17で、ほとんど残業のない仕事。

なので、ありていに言うと彼の苦労や大変さをわかっていませんでした。

私は一度、すごく大変なところに就職してしまったのですが、3ヶ月で退職願を出しました。

私はそんな人間です。

辛かったら、やめる。がんばるけれど、わりとすぐあきらめる。
忍耐しているつもりでも、あくまでつもり。
体壊すまで耐えられない。

なので、夫はかなり限界までストレスを感じていることや仕事も辞めたくてもやめられないとかそんなことをわかっていませんでした。

私が当時不満だったのは、
「なぜもっと早く帰ってきてくれないのだろう。一緒に夕食を食べたら支度も後片付けも一度で済むのに彼が遅く帰ってくるからまた食事の支度しなければいけない、二度手間だ」です。


ひどいです、情けのかけらもない妻です。

夕飯も食べずに夫の帰りを待っての不満ならまだ可愛げもありますが、先に食べておいて「二度手間めんどい…」って。
鬼のようです。

遊び歩いてるわけじゃないのに、仕事ですよ仕事。


さらに夫が家にいない分、家事はほとんど私がやらざるをえない感じも不満でした。

結婚して、なんだかやることが増えて大変になったと思っていたのでした。


そんな結婚生活で、彼が幸せであるはずもなく。

仕事のストレスは同じなのに、家に帰って安らぐどころかさらにストレス感じていたのだと思います。


妻からの「もっと早く帰ってきてよ」というストレス。

>そこで声を荒げて「俺だって辛いんだよ!」くらい言ってくれたらまた違ったのかもしれません。

しかし彼は「ごめん…」というような人なのです。

言いたいこと、思ったことを言わないの。喧嘩になるから。
私が怒るから。

話し合う機会もなく、ただただ彼のストレスは積もってゆくのでした。
(私のせいで)



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思い出して書いています。

 

初診は完全予約制のメンタルクリニック。

 

私は仕事は休むことにして、一緒に行くことにしました。

 

だって、普通の会話もままならないのに

診察でちゃんと病状を伝えられるわけがないと思っていたからです。

 

今になって(冷静に)考えると

メンタル専門の先生ですから心配しなくてもよかったのかもしれません。

口の重い夫からちゃんと聞き出してくれてたのかも。

 

だからこその、完全予約制。

じっくり聞き出すスタイル。

 

とはいえ、こうなるまでの経緯をメモして伝えたら5分で終わる話です。

 

診察は、まずは夫が先生と向かい合って診察。

といってもメンタルヘルス。

 

内科や耳鼻科では症状を話して、診てもらうという流れですが

ここではひたすら話を聞き出す感じです。

 

きっとこのとき、先生にはいろいろ分かっていたのだと思います。

 

私にとっては、夫は人が変わったようになった、今までと違う、おかしい

という印象です。

 

しかし先生にとっては、典型的なうつの症状だとわかっていたのかもしれません。

 

とにかく、一通り夫の診察は終わって後ろに控えていた私の番になりました。

 

「奥さんから何かありますか」

 

夫の話は、起こったことの5割くらい伝えていたという感じでした。

 

私はメモを見ながら、できるだけ事実を伝えました。

こんなことがありました、って。

 

最後は、夫は職場で死のうとしたという話で終わりました。

 

そして、うつ病の診断書がすぐに出て

(すでにこの一週間、まともに働けていなかった)

夫は休職することになりました。

 

この診断書を持って、一緒に夫の職場にいきました。

 

 


 

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食欲がなくて食べられない、眠れない…から始まった異変。

私がこれは大変な病気なんだ、と思い至るまでの経過を以下に記します。

結婚して約1年になる頃、新婚旅行に行ってないから行こうということになりました。
夫は初海外、私もほぼ初心者です。
お互い休みの都合をつけて、9月の連休に合わせて休むことにしました。

私は休むからといって、仕事がたまるような仕事ではないので他に休暇を取る同僚がいなければ休めるという感じ。
彼は締切のある仕事なので、1週間休むとなると必然的にその前後に仕事を増やさなければ終わらないという感じ。(今思うと、ヤな予感しかない)


■異変から診察まで

9/14 ~9/20 6日間の旅行。のんびり休暇というより、観光したり始めての国でリラックスできなかったように思う。帰国後、夫の仕事が猛烈に忙しくなる(以前にも増して長時間労働)

10/1(月)食欲がない、眠れない、ため息をよくつく 

10/4(木)体調が悪いこともあり、仕事を減らせないかと職場に相談するもすぐには対応できない由

10/5(金)彼母の誕生日祝いに行く

10/10(水)夫、心療内科を調べる、自分で予約する(初診はどこも1~2ヶ月待ちでそんなに待てないようなことを言っていたが、とりあえず予約)

10/13(土)様子が違う、家でじっとしている、会話が続かない

10/16(火)出勤するものの、お昼で早退 (水)すぐ早退 (木)17時で早退 (金)行かずに休み

10/21(日)死にたいと口にする

10/22(月)死のうとした


この最後の、”死のうとした”というのは会社に行くには行ったけれど座っていられなくて、衝動的に最上階まで行って飛び降りようとした。でも確実に死ねないと思ってやめた(3階建の会社だった)というのをその次の日くらいに聞いて、死に至る病に夫は侵されていると気づいたのでした。


異変から3週間で、こんな急激に悪くなるのかと驚くのと、夫が自ら心療内科に予約していたのはファインプレーだと思いました。

この、死のうとしたあたりではすでに正常な判断ができない感じでしたから。

後から聞いたのですが、夫の職場では以前うつ病になった社員がいたそうです。
そして知り合いにも、何人かうつを患っている人がいたそうです。
彼の仕事は、体を壊す人が珍しくないようなしんどい働き方が当たり前のような仕事なのではと思いました。

私は夫が早退したとメールで知り、しかしどうしていいかもわからずにいました。
心療内科の予約は当分先だし、仕事ができない程苦しいなら家で休んでいればよくなるのかも…と考えていたり。

でも不安でした。どんな病院がいいのか調べたりしていました。

夫が選んだのは、近くて通いやすいところ。

私が探していたのは、遠くても有名で評判のよい、専門医の資格を持つ先生がいるところ。


そして、死に至る病とやっと気付いた私はすでに正常な判断力をなくした夫に代わり、一番早く初診の予約が取れる通いやすい病院を探しまくり、なんとか無事に診察を受けることができたのでした。(夫が予約していた病院はキャンセルしました。だってそんなに待ってる余裕なかったんです)

次回は、初診のメンタルクリニックについて。


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最初は本人からの、「食欲がない」という言葉からだったと思います。


私はうつ病の症状は全く知らなかったので、その時は何とも思いませんでした。
疲れたりイヤなことが重なれば、誰だって食欲なくすよ、と心配していませんでした。

(今思うと夫のことをわかっていませんでした。夫は食事は残さず全部食べる主義で残すことはめったにない人でした)


しばらくすると、お弁当を残すようになりました。



お弁当は作ってほしいと結婚当初から夫にお願いされていたので、私はできるだけがんばって作るようにしていました。

そのお弁当を残してくるようになって、さすがに私もおかしいな…と思い始めました。


でもそれが、うつ病という病気の症状だとは思いませんでした。
知らなかったのです。

なので単純に「おいしくなかったからだろう」「不味かったのかも」と思っていました。


それから、「眠れない」という言葉もこの頃聞きました。



最初、はっきりそう言っていたわけではありませんが、眠りが浅いすぐ目が覚める、熟睡できない、そんな言葉から、「眠れない」になっていきました。


このころになってようやく、仕事が忙しいとなる病気に”うつ”ってあったような…と思い至るようになりました。



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夫がうつ病になったとき、たくさんのうつ病ブログにお世話になりました。

本人のブログから、家族のブログ、それはもういろいろと読ませてもらって励まされたり参考にさせてもらったり。

過去を振り返るかたちでこのブログを書き始めましたが、自分でも忘れていたこともありました。

自分用に、そして同じような症状の方の何かのためになれば…と書き綴っていこうと思います。



まずは、夫と私の出会ったときの環境と仕事について。

・夫36歳

建設関係の仕事(デスクワーク)
実家住まい(ずっと)
趣味 とくにはない。強いて言えば、山登り。


・私37歳

専門職
一人暮らし(就職してからずっと)
趣味 いろいろ、この時はダーツとボランティア


友人の紹介で知り合って、交際半年で結婚。
といっても入籍のみで二人で住むところを探してお互いの職場に近いところに住むことに。

結婚してからもお互い仕事を続けて、家事もなんとなく分担して、二人で暮らすという難しさに直面しながらも楽しく生活していました。

性格というか、習慣も違うのでそれがストレスになることもあると思います。
私はけっこうその違いは大きかったのではないかと思うので、それも書き記します。



・夫

真面目。責任感が強い(やると決まったらやる)
やりたくないことでも、やるべきことはやる。
愚痴は言わない。
付き合いの長い友人がたくさんいる。でも忙しくてめったに会えない。
お酒は飲まない。飲んでもごく少量。


・私

気分屋、あきっぽい。好奇心旺盛、興味を持ったらのめり込む。
やりたくないことは、後回し。
愚痴はよく吐く、夫には毒を吐いてると言われる。
昔からの友人は少ない、職場で気の合う人とよく飲みに行く程度の付き合いが多い。
お酒が好き、飲み会と聞けば喜んで参加する。





私から見た夫の印象は、静かで心が平らかな人。
あまり怒ったり泣いたり、取り乱すということがない人です。

私はそれとは反対の性格で、いいかげんなところもよく注意されます。
そんなときの常套句は、

「あのときはそう思ったけど、気が変わったの」

です。一貫性がない、あまり信用されないタイプの性格。
今が楽しければいい感じですかね。

結婚して驚いたのが、彼が生命保険系の保険にたくさん入っていたこと。
TVのCMでよくやってる「保険のみなおし」というのを二人でしたときに思いました。

このとき、夫は特に解約することなく続けることにしたのは本当によかったと思います。

この病気になって、保険に入ることはできなくなったので。
だからといって、医療保険でこの病気の保障は何もありませんでしたけど。

手術したわけでもない、入院もしていない、でも働けない。
そんなこの病気、まさか自分たちがなってしまうとは思っていなくて。

がんや、手術、もし死んだらという可能性だけを考えての保険選びしかしていませんでした。
もし精神疾患の可能性を考えていたら、”働けなくなったときの保障”の保険に入っていたと思います。でもそんな可能性全然考えていませんでした。

なんででしょうね、体の不調はコントロールできない運命みたいなものだけど
心の健康は大丈夫、とでも思っていたのでしょうか。



強制的に給料からひかれたりする、国民健康保険が一番助けてくれました。
傷病手当金。
(そのお話はまた別に書きます、詳しく書きたいので)


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結婚して1年、夫が鬱病になりました。

うつ病は急激に悪化して、異変から1ヶ月で休職になりました。
そして休職は6ヶ月になり、よくなってきたと思ったらなんだかおかしい…。

双極性障害と診断されました。

しかし双極性障害Ⅱ型と診断されるまで、普通は平均7年半かかると聞いたこともあります。


うつ病かもと思っている方、もしかしたら違う病気なのではと思っている方のなんらかの助けになれば、また同じような経験をされた方と繋がりたいという思いでこのブログを始めました。

現在は発病から3年経ちました(今2016年9月)
再発はしていなくて、仕事もゆるやかですが続けています。

病気の経過について、なるべくありのままに書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。




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彼の病気に関することだけ書いていこうと思ったのですが、今振り返ってみると原因は私(妻)にもあるのだと思い知りました。

いうなれば、私が彼を病気にしたようなものです。

私と結婚しなければ、彼は発病しなかったと思います。

なので病気の原因、「私」についても書いていきます(自戒の念を込めて)

このブログが誰かの役にたつように

 

そんなことを”はじめまして”のときに書いたような気がします。

 

だからこそ、病気の経過を順を追って書くべきだと

そう意気込んでいました。

 

でも、それは本音ではなかった。

 

だから更新も滞っている。

 

ごめんなさい。

本当は、自分のためでした。

 

ひどかった病期のことを、喉元すぎればではないけれど

夫が死んでしまうかもしれないという時期のことを

忘れないようにするためにこのブログを始めたのです。

誰かの為なんて、そんな大層な理由ではなかったのです。

 

ごめんなさい。

 

自死、自死遺族、

何度そのワードで検索して恐ろしい気持ちになったことか。

 

それと同時に、自死遺族の方のブログでどんなサインがあったのか、どうしたら自死を防げたのか、

その考察のために読んでいました。

 

夫の場合、幸い(?)にも最初の鬱がひどくて私でもわかりやすかったので、

「死んでしまうかもしれない!」

と焦って仕事も手につかなかったのを覚えています。

 

それも他の方のブログのお陰です。

だから最初に、私も誰かの役に立ちたいと思ったのです。

 

 

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