この世には命と呼ばれているものが沢山ある。
肉体の命。
家族・子供・恋人・妻・夫・親戚。
仕事。
名誉。
称賛。
プライド。
若さ。
健康。
財産・お金・預金通帳。
様々な宗教。
様々な偶像。
お神輿。
様々だ・・・
しかし、それらは本当に人間の命になっているだろうか・・・?
命というものと真剣に向き合い命を真面目に考えると人間は絶望するか発狂するか自殺するかだ。
本当の命と向き合わない。
命を散らかしてはならない。
命を間違えてはならない。
命をすり替えてはならない。
別の命でないものに・・・
命に見えてしまうものに・・・
命と呼んでしまうものに・・・
命は・・・イエス・キリスト。
イエス・キリストとのつながりと交わりこそ命である。
私たちの中には内にはないものなのです。
人は命を持っていないのです。
愛を持っていないからです。
愛の中に命はある。
この事実を人は受け入れられない。
だから他に求めてしまう。
本物の命を見つけてください。
別の命で満たしてはならない。
別の命で満足してはならない。
命は私たちの直ぐ側にあるのです。
でも私たちが心を開かなければ受け取れない。
これが愛だから。
私たちが命に同意しなければ命の関係は築けない。
これが愛だから。
私たちが命を受け入れなければ命は入って来れない。
これが愛だから。
命を受け取るのに完璧さはいらないのです。
愛を受け取るのに完全さはいらないのです。
上からの完全な良いものを受け取るのに資格はいらないのです。
復活の主にありて
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