オーラの研究 -86ページ目

オーラの研究

健康のため、気功をやっています。かれこれ、10年近くになります。その影響があってか、最近、オーラがはっきり見えるようになりました。日々のオーラ観察を通して、気づいたこと、発見したこと、感動したことをまとめてみたいと思い、ブログを立ち上げました

友人Aから、恋人とのことで

 

相談が来た。

 

恋人が友人Aの態度や言葉などから

 

もう別れたいと言っているとのこと。

 

その友人AはSNS上の恋人とのやりとりを送ってきた

 

その上で、「どうして私が悪いのかわからないの。

 

悪いところを直したいから教えて」

 

と言う。

 

そのやり取り自体は、恋人が一方的に友人Aをまくしたてる内容だった。

 

正直、友人Aが気持ち悪いと思った。

 

友人Aが被害者のように捉えられるよう、

 

SNSの断片的なやり取りを見せてきて、

 

『私は被害者なの。

 

優しいあなたなら

 

‟友人Aは悪くないよ。悪いのは恋人だよ”って言ってくれるよね』

 

っといった期待、願望、そういったものが感じられたからだ。

 

結局、私は曖昧な返事をした。

 

私は、人から『こういってほしい』と期待されたり強制されるのは好まない。

 

そう言っている割に、私は人に『優しい人』と見てほしいと思っている。

 

これも、人への期待と強制だ。

 

そして、ここに2つの自分の思い込みがある

 

①『私は優しい人とみられたい』と言う思い込み

 

➁優しい人は、相手にキツイことを言わないという思い込み

 

①について書くと、私は優しくない

 

っというか、はっきりいって、私は周囲にそんな興味がない。

 

私は自分が第一で、正直家族以外の人はどうでもいいと思っている。

 

みんなそれぞれのストーリーの中で、夫々の方法で

 

人生を楽しんでいる

 

私が仮に本気になって忠告しても、

 

相手は自分のストーリーにあうようにしか、解釈しないからだ

 

いつしか、「人生は自己満足なのだ。だから、夫々の方法で

 

自分の人生を思いっきり生きればいいのだ」

 

と思うようになってきた。

 

その結果、人にどうこうしようとか、私がなんとかしなきゃとか、

 

そういう興味関心がわかないのだ。

 

ただ、愛する瞬間は最高に気持ちがいい。

 

子どもでも、夫でも。

 

その愛の瞬間に自分が浸っていたいだけなのだ。

 

➁については、もうわかりきったことだが、

 

優しい=甘いことしか言わないというのは間違いだ

 

本当に親身になって、自分のことのように捉えている人は

 

幸せを願うあまり、内容がきついことも言うだろう

 

‟優しい人は厳しいことを言わない”という

 

まさに気持ち悪い信念が自分の中にあるのだ。

 

この二つに気がついた時、

 

気持ち悪いのは友人Aではなく、

 

まさにこの信念を自分が持っていたことだったのだと思った。

 

まじでキモイと思う。

 

こんな信念を持っていたなんて。

 

早く、春分まえにこの信念を手放そうと思ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー