こんにちは Reiです
前にも書いたのですが、私の前世は子をなくした母親です
そこに、私の先祖の親子に関係するエネルギー(曾祖母あたり)が付随し
今の私が生まれてきています(あと、ちょっと違うエネルギーも混ざってます)
(ちなみに娘は10年前になくなった祖父のエネルギーの一部が入っています。
娘が1歳の頃、祖父の霊が出てきて「俺の一部が入っているから、よろしくな」っと
言っていきました。当時はショックでした)
なので必然的に親子の愛について 考えさせられることが多いです
今日はその「純粋なる愛」について、わかったことがありました。
私は今まで、「子どものことを愛してるんだから、ちゃんと見てあげなきゃ」っと
思ってきていました。
『母親は子供のために 犠牲を強いるのは当然のこと。
ましてや、私は前世の業(&先祖の業)があるのだから
ちゃんと子どもを優先してみてあげなきゃ、魂が報われない』とさえ思っていました
でも、ちゃんとやればやるほど、私は“愛”という名のもと、子供に縛られ、
また子どもも、母親の自分だけにべったりとし、要求が多くなっていきました。
子「ママのこと好きだから、離れたくない」と四六時中言われる。
最初、嬉しくとも、段々重荷に感じ、ストレスを感じるようになりました。
子どもにイライラし、そんな自分にバツをつける。
ずっとそんな日々でした。
でも、今日、ハッと気がついたのです。
これが本当の愛なのだろうか?
愛によって縛られるというのは、違うんじゃないかと。
高い波長の愛は、決して人に何かを強いることはしません。
縛られ、窮屈な思いをするのは、愛ではなく、
「母親と言うのは、子供を最優先で育てるべき」という
思い込みではないかと思うのです。
実際、私の曽祖母(→これが私のエネルギーに混ざってる)と祖父(→子どものエネルギーに入ってる)、
祖母と父などの関係を見ていると、“愛”という名のもと、いがみ合い、首を絞めあっているような状態です
罵り合っているくせに、「家族は大切に」と言って、離れようとはしません
私はずっと、歪んだ共依存の家族だと思っていました。
「寂しい」という気持ちから、相手といるのは依存であり、純粋な愛ではありません。
純粋な愛は、相手に何も期待しないし、「しなきゃ」という思いもない
自分も相手も ただただ満たされている状態のような気がするのです
お互いに満たされ、「いてくれて、ありがとう」と心の底から思える。
それが純粋な愛なのだと、今日思ったのです