こんにちは!

傷口に塩系
アロマセラピスト
メディカルハーバリストの
エルダーおばちゃんです。

昨日はすでに1月も4日
そろそろ動き出す準備をしようと
奈良に行って来ました。

初めは葛城古道か山の辺の道を歩こうと思ったのですが
色々調べていて
そうだ!宇陀へ行こうと思いました。

日本書紀には
611年5月5日に推古天皇が菟田野(現在の宇陀)で薬猟をしたとされています。
その時男性は薬効の高い鹿の角を
女性は薬草摘みをしたとありますが
この源流は
高句麗王朝が3月3日に薬浪の丘で猪や鹿をとった行事と
古代中国で5月5日に雑薬を摘むという行事であり、二つの違う源流のものをひとつの行事としてミックスしたのですね。
やりますね!推古朝。
これぞ日本人のアレンジ力の源流か?!(笑)

そして宇陀には薬草文化としてはもう一つ忘れてはならない歴史があります。
江戸時代、代々宇陀の吉野葛屋さんであった「森野藤助賽郭」は「植村佐平次」と共に(この二人、名前の覚えにくさから私の怒りをかった)採薬使として全国から薬草を採取して幕府に献上、
そのご褒美として中国産の薬草が下付され、当時唯一の私園として森野薬園を開設し、徳川吉宗の「国内産の漢方薬を普及する」という国策に貢献しました。

ということでせっかく奈良へ行くなら
宇陀へ、そして今も残る「森野旧薬園」へ行こうと思ったのです。

宇陀、松山の町はとても静かで昔の町並みを残しており、「森野旧薬園」はその中にある如何にも老舗(450年前から続くらしい)の「吉野葛本舗」のお店の中を通って入って行きます。

ここまで来て
裏庭みたいな小さなガーデンなら
怒るで!と少し思いましたが
約250種の薬草が植えられており

園内はこんな感じです。

季節柄ほとんど枯れて標識のみでしたが。

でも
毒薬でもあり、また色々曰く付き薬効もあるハシリドコロなども見られて良かったです。


などと、書きましたが
嘘です。

実は吉野葛本舗を抜け、薬草園は?!
と見ると(見上げると)

「山」でした!

葛城古道や山の辺の道を避けたのも
膝痛で山道は無理と思ったから。

なのに、なのに、
こんなん、ガーデンちゃうやん‼️
登山やん‼️

それでもここまで来たからには!と
最初の階段を登り始めましたが
膝痛に加え
年末の足掻きの大掃除で腰まで痛く

私は蝋梅の下で

春一番に咲くのはやはり黄色い花やね…。
などと呟きながら

上まで登った夫に
「これこれの写真を撮って!」と指示を出して
震えながら、待っていたのです。

私がいたのはここ。


今年の抱負
東洋ハーブを極めるのもいいけど

「痩せる」