変態行為というのは、健康体でないとしんどい。
ような気がする。
 
(いや、もっぱら変態行為なんてしちゃいないんですけどね)
 
「もっと変態プレイを楽しみたい!」というもともとの魂胆(発想)の
進路がどこへ向かっていったかというと
私の場合は、これがまた「健康体」に結びついていく経路だったりするわけです。
気付けば。
 
そして、気付けば変態プレイそっちのけになってました。笑。
「健康マニア」みたいな変態になってるわけでもないんですけど。
 
・・・あ、でも、「いつでも変態ぷれいができるように体調を整えておきたい」という意識の持ち方は
ちょっと変態かな。笑。(意識だけで、残念ながらぷれいに及んだことなどないんですけどね)
 
 
 


 
●変態妄想が高じて(どっちかっていうと)健康体になっていった経緯(笑)
 
「緊縛」→(できるだけ負荷がかからないよう、かつ長く縛ってほしいために)整体→姿勢→骨格筋力作り
「スカトロ」→(やっぱ恥ずかしいから、できるだけきれいなうんこでしたいため)食べ物→内臓作り→食生活嗜好の         変化※自分の食生活を整理していくにしたがい部屋の不用品を捨てることができてきたり、家事が         億劫でなくなってきた。
「ウェスト細く肉体改造」→(安直に)コルセットトレーニング→「ディタ フォン ティース」を知り
→「セクシーダンス」→ばーれすく→体幹強化→経血コントロール
(女王様修行?)←ここはまだ未開の上に、行動に起こすかは不明。多分自分の態度の問題としてとらえている部分が往々なんで、性的なえすえむ行為としては及ばないと思う。だってものぐさだし。。。
※とはいえ、ばーれすく系の動きってM系気分だったらNGでして、やっぱりS系気分(演出にしろ)が
必要だと前回のレッスンで分かったところ。
 


 
なんていうか、欲求があって、そこから発想したことを行動にしてみて、そこからまた次の発想がうまれて、、、
ていう感じでやじるしがつながっていってるんですけど、
気付けばここには「葛藤」や「苦労」がないんですよね。自分の思うまま、感じるままに、抑圧することもなければ禁止することもなく動けているからなんですね。他人に言われて無理やりしている要素が皆無でして
結果的には自分で決めて行っていることばかりだからなんですかねえ。
発端的には他人(信頼している人)に言われた一言だったりってのももちろんありますけど。。。
 
それに自身のことのみの極めて狭い世界のことばかり。
対人関係(3人以上の)が介在してないし、社会的倫理や道徳も邪魔してない。
 
他人気にしないで自分自身に関して素直に行動できることって、なんてスムースなんだろうって思う。
思えば、こうして自分だけのために自分のしたいことをしているのって最近なんじゃないだろうか。
 
それってのも、自分で自分の欲求を認めてあげられないことには、なかなか行動にうつせなかったっていう
心理的なプロセスもあるんですけどね。だいたい「禁縛されたい」なんて欲求だって認めるのに随分時間がかかったし、それ以上にばーれすくを踊ってみたいなんて、それこそ縛られるような他人依存的な行為と違い自主性のなにものでもないので、なかなか自分から「踊りたい」という欲求を認めるまでに長い時間がかかりました。
認めてしまえば行動にうつすのは割合簡単にいけるんですけどね。(ここらへんのフットワークはけっこう軽いんですよ)
 
「自分の感じるまま、思うままに行動する」って、生活上のことではなんとかちょっとずつできるようになってきましたけど(食べたいものを食べるとか※以前はお腹がすいているにせよ自分が何を食べたいのか具体的によく分からなくて「おいしい」ってそんなに感じられなかったんですよね)、こうした発想で社会でやっていくのはなかなかまだまだ自分の本音(欲求)を認められないから他人や社会のせいにしようと「葛藤」する部分が往々でして、単純なことのはずなのにウダウダやってる私は、なんつーか、ちょっとねえ。。。。
 
まあ、焦らずに。ひとつひとつ丁寧に行動(生活)していれば、自分の中でなにかがつながっていくかもしれないし。
(乱暴に「なにはなくとも、なんとかなる」となんの土台もなく
ただそう思ってひらきなおって何にもしてないのだと、あんまりに心もとないしさ。笑)
なにより、ゆっくり地味な部分から自信をつけながら、認めていける自分の欲求ってのもあるかもしれない。