極端にいえば、「弱者」を利用して「自己犠牲」といいながら、自己満足に酔いしれる。「平等」という大儀にのっとった自分の差別意識に気づかない欲、というより違うエゴ。

何故気持ち悪いかなんて、私にそういうところが多分にあるからだ。

何も、そう言うことで自分をさげすもうなんて思わない。

目の前の人を想う、ということを常々意識する。

(意識しなければ混同するほど私は他人を意識できない)

私が、自分の欲求を知っていてやればいいだけ。

例えば、私は今、差別意識から相手に優しくしているのだと知っていればいい。

自分の欲求を「相手のために」とすり替えないことだ。

自己けんじよくでいい。

なんでもいいけどね。

「相手を想う」とき、自分の欲求を知っていればいい。

気持ち悪いのは、自分の中の問題だということだ。
嫌悪感は、自己内省。

自己内省と自己嫌悪は違う。
自己嫌悪は自己愛。