登場人物
恵子(けい)…まさるの妻 30代。
優(まさる)…俳優志望。けいの夫。40代。本業の無い時は浅草にある甘味処「みたらしや 甘露-かんろ-」でバイトしてる。
結子(ゆう)…まさるの前妻。白血病で他界している。
ー2話の続きー
まさる「なんだよぉ、久しぶりに出てきたと思ったら…」
ゆう「次、何書くの?」
まさる「え?」
ゆう「まさか、ひとつちっぽし書いて満足してないわよね?」
まさる「そりゃ、してないけど…今プレゼン中だし。」
ゆう「あんた、選ばれるかもなーとか思ってないでしょ?」
まさる「ちょ…思ったら駄目なの?」
ゆう「上演したいと思って書くのは当然よ!でも他人があんたの作品を良いか悪いか思うのは、もうあんたの預かり知らないことなのよ。」
まさる「だけど、プレゼンの感触結構良かったから…きっと…」
ゆう「あんた、あたいから卒業したんじゃなかったっけ?あたいに、もう出てこなくても俺やっていける的な事言ってなかった?」
まさる「そうだよ!ゆうは俺そのものだからって言った!」
ゆう「どこで?」
まさる「お稲荷さんの前で!」
ゆう「もう神棚の前で私に話しかけないってね。」
まさる「もう、ゆうに未練はないって言うか、ゆうは俺そのものだから…居るとしたらここに…」
ーまさる、自分の胸をトントンやるー
ゆう「んー。どうしようかなぁ…これ、あんたのためになんないのかなぁ…」
まさる「いや、聞くだけ聞く。言うだけ言ってよ。そのために出て来たんでしょ?」
ゆう「…わたし、あんたに甘いのかなぁ…ま、良いわ。いい?今のまさる、酒断ち願掛けの前に戻ってるよ。」
まさる「えっ?!」
ゆう「…わかんない?じゃあ、あんたの書いた台本もう一度頭から読み返しな。」
まさる「え?どこ?願掛け前って本当に最初だよ!?はーーっ?」
ーまさる、台本を逆さまにしたり、ばらばらめくったりバサバサ振ったりしている、ゆう、痺れを切らしてー
ゆう「オーディション。どうだったんだっけ?」
まさる「…落ちた…」
ゆう「あん時の感触どうだったんだっけ?」
まさる「凄く感触良かった…う、れ、し、かった…?あ!」
ゆう「喜んでたわよね。結果の電話来るまでは」
まさる「…(鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしている)」
ゆう「こう言う事、あんたの事ずっと見ている人じゃ無いとわからないでしょ?しかも誰も言ってくれないわよ。」
まさる「そ、そうか。あん時も俺、落ちた連絡来た時、思考が停止して…」
ゆう「結局神頼みしたじゃないの!」
まさる「え?いや、待って…でも、今回は俺から頼んでない。」
ゆう「いや、あんた無意識のうちに頼んだ。」
まさる「嘘!?」
ゆう「さっき神棚にお酒一本追加したでしょ。それに普通、神棚に柿ピーなんてお供えしない。」
まさる「だふっっ…本当だ…あーぁ…」
ゆう「無意識に誰かに頼ってる。わかる?あんたのやろうとしていることは普通じゃないの。退路を絶って、ゴリゴリ何とか進んでも上手くいかないかもしれない事をやろうとしているの。」
まさる「ゴリゴリ?」
ゆう「プレゼンの結果なんて待ってないで、何でも良いからとにかく書きなよ。沢山色んな台本読んで、吸収して、放出するの。」
まさる「そう簡単に言うけど、なかなか時間が取れない…子育てと甘露の合間を縫ってなんとかやってるんだよ!」
ゆう「時間は取るものじゃない。作るもの。」
まさる「わかってるって…でももうギリギリだよ。俺だって子育てがなかったらもっと沢山台本読んで、沢山書いて、沢山のチャンスが転がってる所に行ってるよ。」
ゆう「ばかねあんた、結構良い線行ってるんだから…今本当に生きてるよ!」
まさる「ちょ、まっ…え?俺今、貶されてる?褒められてる?どっち?」
ゆう「だってもっともっと時間がほしいんでしょ?やりたい事が追いつかないんでしょ?」
まさる「本当、足りない…もう本当。1日あっと言う間に終わる。」
ゆう「ほらそれよ。運送屋で働いてた時もそんな事言ってたわよね?」
まさる「あの時は、時間指定の荷物に追われて…1日があっという間だった。」
ゆう「今は?」
まさる「自分のやりたい事に追われて…あ!」
ゆう「わかる?あの時は他人の必要としている物に追われ、今は自分が必要としているものに追われてる。それを苦労ととるか、幸せととるかの違いよ。」
まさる「俺、今どっち?」
ゆう「わたしに聞かないでよ。でも言える事はあんたは今真剣に生きてるって事。苦労だろうが幸せだろうが、生きているうちしかできない。生きているから死ぬ気で頑張るの…私にはもうできない事…まさる、やったれ!どーんと!」
まさる「どーんとな!おぅ。おれ、頑張る!時間作って、台本沢山読んでとにかく書いて発信する!」
ゆう「ふふ。でも、睡眠はきちんととってね。本当に死んだらけいちゃん本気でキレるよ。」
まさる「ゆう…俺、ゆうの分も幸せになるって、けいや桜達を必ずこの腕で幸せにするって誓った事忘れてた…自分が信じられない。こんなに大切な事を忘れるなんて…日々の生活を必死に生きているのにその目的地を忘れるなんて…コンパスのない航海みたいなもんだな。俺にはゆうがいないとこの人生の航海に後悔するところだったけど……いや、良いんだ…なぁ、ゆう。また気づかせてもらった。やっぱり俺にはゆ…あれ?消えちゃった?え…このタイミングで?」
ーけい、桜を抱っこして奥の部屋からこちらの部屋へ来るー
けい「また、ゆうさんと話してたでしょ?」
まさる「いや、そんなつもりは無かったんだけど向こうから勝手に出てきちゃったんだよなーごめん。けいとの約束破った…」
けい「なんか、神棚に話しかけて、ひとりでぶつぶつ言ってるまーくん気持ち悪いけど、良いの。だって、まーくんとゆうさんはひとりなんでしょ?別に嫉妬したところでどうしようもないから、ただ肝心な事は私にも教えてよ、勝手に決めないで。」
まさる「うん。俺さ、子育てとか甘露とかあって限られた時間だけど、家族の幸せのために死ぬ気で頑張ってみる。まずは台本読んで、色々ぐちゃぐちゃになるかも知れないけど書いてみる。こう言う時間のない時こそやれるってことあるよね。」
けい「睡眠はちゃんととってよ。死んだらマジキレるから。」
まさる「ありがとう…そうする…」
けい「大丈夫。まーくん絶対行けるから。どうしてかわからないけどそんな予感がする。」
まさる「けいちゃん、ありがとう。けいちゃんの予感…当たるから。」
ーまさる神棚のお酒と柿ピーを下げて代わりに水をお供えするー
まさる「先ずは寝よう…」