現在、気仙沼市立病院で医療支援活動をされている本学 第一内科 循環・呼吸フロンティア講座 特任講師 住友和弘 先生 3/23のレポートです。
午後、気仙沼に入りました。
震災にあった地域に入るまでは、震災の傷跡が良く分かりませんでした。
東北自動車道の一関インターを降りて、市内を走っていると民家の壁にひびが入り、庭石が傾き、ガラスの割れた家を時々見る程度でした。
気仙沼市外に入り海岸線に近づくと惨状は突如一変します。河川敷に建材の残骸が散らばり、路面には泥がたまり、自動車は道に川に転倒していて、時に2階まで押し上げられ、突如町が瓦礫の山に変わり、道は車1台が通れるようにあけられています。まだ、片付けが追いつかず家屋の残骸に閉じこめられた人が居ても全くおかしくありません。
7万数千人の人口の気仙沼ですが、99箇所の避難所に15000人の人が非難生活を余儀なくされています。住民の2割が非難所生活になります。避難所の規模は、数十人から1000人と大きな差があります。現在、慶応、帝京、聖マリ、日大、横市、富山大、民間医療チームなどで18の定点診療所を開設し、地域の健康ケアに当たっています。定点での診療に加え、割り当て地域の往診を行っています。旭川チームの明日のミッションは、250人収容の精神神経疾患施設の診療です。
3階建ての2階まで水没し、患者全員が3階で生活し、入院密度は通常の2倍、水道がまだ不通のため排泄物の管理が出来ていないようです。
避難所によっては、インフルエンザの報告があり通常の診療プラス、感染症のアウトブレイクの阻止が課題です。明日の地域は、電気、水が不通です。ガスは通りました。診療に行く施設では、肺炎患者が複数おり、本日3人QQ搬送、明日も2名QQ搬送予定です。250人の施設利用者に対し医師は2名だそうです。
気仙沼には宿をとれず一の関にベースキャンプを置くことになりました。約60分離れています。
明日の予定:
5:45 資材、薬剤のチェック
6:15 ホテル出発
7:45 気仙沼総合病院でミーティング
移動、診療
16:30 撤収
17:00 気仙沼総合病院でミーティング
派遣チームが市立総合病院に集結し毎日朝・夕ミーティングを行い定点の状況を報告しています。
独立したチームが現地で情報共有をとるシステムの構築に感動を覚えました。最悪の状況でありながら機能を最大限発揮できるように協力をする姿に医療従事者のプロフェッショナリズムを感じます。被災から11日経過し、小さな医療チームそれぞれには限界がありますが、それを克服するための連携は、助け合いの姿そのもです。それざれのベストをつむぎ、地域の元気が繋がることで復興の兆しが町には表れて来ています。
決め細やかな地域保健を担う保健師、定点診療所周辺を巡回し住民の健康を気遣う保健師さんが被災し不足しています。医療にかかる前の水際の防衛線を張ってくれる保健師さんがここでは不足しています。
宿を構えた一の関は電気も携帯も使えます。気仙沼の市街地は、港に隣接した地域では電気もガスも水道も使えません。内陸の気仙沼駅、高台の市立病院、市役所は水没を免れ、電気も携帯電話も使えます。
地震の揺れによる被害よりも津波の被害が甚大で、ある標高を境に天国と地獄が紙一重の状態です。
地元の医師は自分の責務を気丈にしっかり果たしています。しかし、きっと心の奥は疲弊していると思われ、医師だけではなくて地域でがんばる医療従事者の心のケアも課題だと感じます。


