インドで立春を迎え、帰国して1週間。
地球人として、どうありたいのかどんな風にいまを体感しているのかみつめつつ過ごして、心身魂に落としこませようとしているところ。
目醒めて生きる
blogのタイトルにしていた時期があるけれど、帰国してみて、どれだけそれが大切か痛感している。
ああ、ずいぶん 日常的な環境に眠らされがちなのだと、感じざるを得ない体感の差があって、驚くというより、さとっていく感じ。
もうしばらく、病院勤務をしている50代女性として生きるのだろうが、そこでの生き方、、、変えたいし、変わらざるを得なくなりそう。
それは表向き、同僚たちにはわからないかもないけれど、多次元に生きている自分を今までより自覚的に鮮明に、ここに落とし込もうとするわけだから、わたしじしんにとってはチャレンジになるだろう。
周波数
とか
波動
という言葉より
誤解なく、
誰にでもわかるという意味で、
最近は『視座』と表現することが好き。
どうしても高い/低い と表現しないと、他者と共有しにくいことも多いけれど、なんとなく、高い低いも 心地よくないことがおおい。
単なる身長の高い/低い みたいにシンプルな「事実」として語れるならいいのだけれど、どうしても高い/低いには いい/悪い
善悪 がついて回る感じがするから、自己表現のときに、使うのはしばらく避けたい感覚がある。
どこにいてもいい。
いい悪いもない。
ただ、じぶんの心地よい視座や
わたしがみたい景色はどこ視点か
というだけ。

