マタイによる福音

 1・18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。19 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。24 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ〔た。〕

 

 お手元の聖書と典礼の表紙には眠っているヨセフに天使が現れて、受胎告知をする場面が描かれており、「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい」という天使の言葉が書かれています。

 

 今日のみ言葉の中で第一朗読と、福音朗読に同じインマヌエルという言葉が出てきます。

 

 第一朗読はイザヤの預言です。シリアと北王国(サマリア)が同盟を結び、それに参加しなかった南王国(エルサレム)を包囲しよう企みました。シリアと北王国の同盟軍が自分たちを攻撃する噂を聞いた南王国の王アハズと民は不安になり、動揺しました。

そのとき預言者イザヤは、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」と預言します。神が共におられるという名の男の子は、やがてヨセフとマリアの子どもとして生まれることになります。

 

 第二朗読は使徒パウロのローマの教会への手紙です。パウロは、「御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。」と宣言します。

 

 福音は主の天使が夢でヨセフに現れる場面です。

天使は「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味であるとヨセフに告げます。

 

 イザヤの預言と天使のヨセフへの告知は一見同じように思えますが、イザヤの預言では、おとめが生まれた子をインマヌエルといいます。ヨセフへの告知では、「その名はインマヌエルと呼ばれる」と言われます。誰がインマヌエルと呼ぶのでしょうか。それは母だけではなく、その子に出会った人がみなインマヌエルと呼ぶのです。その中には、人生のなかで救い主と出会った私たちも含められていることになります。

 

 ヨセフは天使のことばに従って、生まれた子どもをイエスと名付けました。イエスと言う名はヘブライ語では「ヨシュア」といいます。「ヨシュア」は「神は救う」という意味です。

 

「聖霊によって」マリアから生まれる「イエス」は、人の名前というだけではなく、「神の救いそのもの」でした。イエスがインマヌエルと組み合わされるとき、「神は救う」という名の方は、「世の終わりまで、いつもわたしたちと共に」おられる方となります。

 

 マタイ福音書は、本日の福音の朗読箇所である、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」というイエスの誕生告知で始まり、死から復活したイエスが弟子たちに現れて、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(28:20)という約束で閉じられます。

 

 マタイによれば、イエス・キリストの生涯は、神が人間といつまでも「共にいる」ことを実現するための生涯だったのです。

 

 マタイではイエスの誕生告知はヨセフに、ルカではマリアになされます。これ以後、二人の人生は自分たちの計画や願望ではなく、神の計画に従ったものとなります。

 

 彼らは、「み心が行われますように、天におけるように地の上にも」(マタイ6章10節)というイエスの祈りの体現者でした。

 

 救い主の訪れを待つわたしたちも、自分の計画や願望ではなく、神の御心がこの身になりますようにと祈り、体現するとき、救い主、インマヌエルである方と出会うことができるのです。

 

ひとこと

 私は長い間、布池教会で結婚準備講座、結婚式、アフターケアをして参りました。

 毎年クリスマスの頃に、布池教会で結婚したカップルにクリスマス・メディテーションをお届けしました。地域の女声コーラス、コールリリアス、豊田少年少女合唱団の卒団生たち、布池教会のオルガニストと共にクリスマスのメッセージを届けてきました。

 このメディテーションは入場無料ですが、帰りに岐阜県中津川にある児童養護施設「麦の穂学園」内にある乳幼児ホーム「かがやき」への寄付をお願いしていました。

 イエス・キリストがお生まれになってから、私たちに授かる子どもは、みなイエス様の弟や妹になります。いろいろな事情で、施設で過ごさなければならない幼い子どもたちのことをクリスマスは思い出す日でもあると思います。

 

 今年のクリスマス、聖地やウクライナをはじめとして、多くの紛争国で辛い毎日を過ごしている親子がいることを思い、神の平和が訪れ、主イエス・キリストが彼らと共におられる日が来るように祈りましょう。

ルカによる福音

 1・26六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。27ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。28天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」29マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。30すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。31あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。32その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。33彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」34マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」35天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。36あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。37神にできないことは何一つない。」38マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

 

 ザカリアに続いて天使ガブリエルはマリアに出現し、受胎告知をします。ガブリエルはマリアに「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」と言います。

 イエスという名はヘブライ語では「イェシュア」と言います。この言葉は、「主は救いである」「主は救う」という意味で、旧約聖書に登場するモーセの後継者の名でもありました。

 マタイ福音書では天使がヨセフに、「その名をイエスと名付けなさい。彼は自分の民をその罪から救うからである」(マタイ 1:21)と告げます。

 ヨセフとマリアはそれまでの生き方を放棄し、神の計画に従った人生を歩み始めます。神の救いが実現するためには人間の協力が不可欠です。

ルカによる福音

 1・5ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。6二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。7しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。8さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、9祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。10香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。11すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。12ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。13天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。14その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。15彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、16イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。17彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」18そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」19天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。20あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」

 21民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。22ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。23やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。24その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。25「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

 

 マリアに現れる前に天使ガブリエルはザカリアに現れます。

 妻エリザベトの受胎を告げられたザカリアは、「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」とガブリエルに訊きます。そのときのザカリアの表情は疑念と不信に満ちていたのでしょう。

 ガブリエルはザカリアに「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。20あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」と言います。

 ガブリエルの言葉の通り、ザカリアは口が利けなくなります。

 

 妊娠を知ったエリザベトの「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」という感嘆の声は、マリアの賛歌に通じます。