若い人は知らないだろうが、かつての地方都市には街のダウンタウンに公設市場があった。中には魚屋、八百屋、乾物屋、洗濯屋らが軒を連ねており、そこの二階が映画館になっているのは昭和中期には珍しくない。だが1960年代後半に映画産業が斜陽を迎えるにしたがって、市場の二階の映画館は徐々に姿を消していく。中には今でも取り壊されず残っている、半ば廃墟となったコヤもあると聞く。さらにそのうちのいくつかは二番館や名画座となって80年代まで残るが、ほとんどは再開発や立て替えで消えているだろう。現在さかんにつくられているショッピングモール内のシネコンの先祖なのかもしれない。
1980年代当時の名画座の入場料は当時のロードショー館入場料の半分以下。二本立て以上で格安だが、うるさいエアコンや固い椅子などの劣悪な上映環境や、プリントが古くて褪色傷だらけのフィルムで見せられることさえ我慢すればモトはとれる。当時は家庭用ビデオデッキなんて持ってなかったし。レンタルビデオなんてVHS二泊三日で1000円以上したのだから。
そんな上映館で小津安二郎監督作品を初めてみたのは学生の時分。映画ファンである友人が「辛気くさいことこの上ない」とこぼしていたが高名は気になっていたので、たまたま上映していた『東京物語』『麦秋』を見に行った。
驚いた。画づくりや演出の濃密なことこの上なく、緊張感たるや黒澤や溝口らの作品に匹敵するではないかと。これのどこが辛気くさいのかと。
過日『東京物語』再見の機会があったが、正直、最後まで息を呑んだ。
画面づくりから見ていこう。小津安二郎監督作品に共通する独特の構図は、ローアングルと言うには微妙に調節がなされている。絶妙な「低さ」だ。それはちょうど誰もが幼少期に見た、畳敷きの部屋で座ったときの大人達の背丈であり、異様に大きく感じるビ–ル瓶であり、居酒屋のカウンター上に顎をのせた視点である。もちろん幼少期の視高からの視界は、言うまでもなく一過性のものだ。しかしその後の経験値としては人生の一ページと呼べるほどの影響を及ぼす。幼少期の経験とはそういうものだ。だが、大人になってからはかかる視高・視界は、身をかがめるか、模型が趣味でもないかぎり目にする機会はない。独特の視高・視界から切り取られた画面が「なつかしさ」を惹起するのはそういった理由からだ。
低目の人間の視点であるようで、実際は(成人視点からは)ありえない視高からの画面づくり。
そして、会話をかわす人物たちは滅多に正面からのツーショットにはならない。相似形配置は有名だし、正面を向いた会話の人物切り返しモンタージュにおいても、カメラ目線のようでいてけっして交差しない目線、これもまた世界感を醸成するのに一役買っている。要するにうわのそら状態なのだ。多少感情が乗った演技があると思いきやたちまちロングである。まるで何者かにあやつられているかのよう。恐ろしく緻密に計算された画面設計の妙とあいまって、徹底して観客を一定度緊張させるに至り、この世のものとは思えない独自の世界を呈している。異世界モノSFなのではいかとすら思ってしまう。
しかも、(近)カメラ目線ということは観客に当事者性を強いており、「なつかしい異世界」に座らされ、しかもそれを幼少期の視点で見せられていることになる(告白すると、小生は人の目を見て話すのは苦手だ)。
どれもリアリズムからはほど遠い、杉村春子扮する娘の志げが比較的エキセントリックな役どころではあるが、それは義娘である紀子のキャラとのバランス上演出されたものかもと考える。
「コレってあの世の物語?」と受け取られかねない演技をつけたキャラクターたちにドラマを演じさせ、それを記憶の片隅にある既視感=なつかしい構図で編集されれば、異世界モノSFよろしく神の指先におどらされる傀儡たち=地を這う生き物たち、の中で、臨場感を強いられる観客は、フィルムのもつあまりの射程距離の長さに慄然とするしかない。超上から目線のドラマに目立った起伏など求めるべくもないが、一転、ステレオタイプなキャラとドラマを一気に複雑化するクライマックスが用意されている。原節子扮する、戦死した次男の嫁、紀子が真情を吐露する場面だ。-自分もまた、ヨロメキ未亡人なのだ-が、各々のキャラクターが演じ続けていた、もしくは演じさせられていた舞台風土=東京、大阪、そして尾道を浮かび上がらせる。神から目線の物語にはヨロメキ未亡人も地を這う生き物の一匹なのだ。ある意味後のミヒャエル・ハネケ監督作品まで射程に収めた、これは真っ当で、恐ろしい映画物語だ。仮面が剥がれる瞬間も編集された仮面劇映画とも言えよう。ピカソが見たらどう思うかな?
「なつかしい異世界」と聞いて、『ALWAYS 三丁目の夕陽』を思い起こす人もいるだろうが、数あるレトロものとは全く違う。すくなくとも『東京物語』は時代の一視点から見た過去の一時節ではない。全くの異世界ものであり、ゆえに普遍性をもっている。むしろパゾリーニの諸作に近いのではと考えるご仁もいるだろう。カメラとマイクを持ってタイムマシンに乗って紀元前に跳んだのでは?と錯覚してしまう『奇跡の丘』のごとく(間違えて未来に来ちゃったんじゃねーのかなんて筆者は勝手に妄想している)。ヴォネガットが見たら何て言うかな?
さてそこで、自分の勉強不足タナに上げて読者諸兄にうかがいたいのですが、小津監督の作品世界のなかで、彼ら生き物たちが神の存在(=不在?)を口にする機会がある。『小早川家の秋』で「死んでも死んでもせんぐりせんぐり生まれて来よる」を笠智衆扮する一介の農夫に例の口調で言わせているのはその一例。今から思えばそりゃ小難しいヌーベルヴァーグのインテリ共は「俺たちゃ何やってたんだ」と感化されちまうわなあとも思う。が、あくまで小生の思いつきであり感想だ。どなたか小津監督作品と「神の不在」についてわかりやすい解説を加えてくださいませんでしょうか?蓮實先生のは難しくて…(汗)。
もうひとつ思い出した。視高・視界ではないが、幼少期の記憶というより感受性にこだわった近作に『崖の上のポニョ』があった。
1980年代当時の名画座の入場料は当時のロードショー館入場料の半分以下。二本立て以上で格安だが、うるさいエアコンや固い椅子などの劣悪な上映環境や、プリントが古くて褪色傷だらけのフィルムで見せられることさえ我慢すればモトはとれる。当時は家庭用ビデオデッキなんて持ってなかったし。レンタルビデオなんてVHS二泊三日で1000円以上したのだから。
そんな上映館で小津安二郎監督作品を初めてみたのは学生の時分。映画ファンである友人が「辛気くさいことこの上ない」とこぼしていたが高名は気になっていたので、たまたま上映していた『東京物語』『麦秋』を見に行った。
驚いた。画づくりや演出の濃密なことこの上なく、緊張感たるや黒澤や溝口らの作品に匹敵するではないかと。これのどこが辛気くさいのかと。
過日『東京物語』再見の機会があったが、正直、最後まで息を呑んだ。
画面づくりから見ていこう。小津安二郎監督作品に共通する独特の構図は、ローアングルと言うには微妙に調節がなされている。絶妙な「低さ」だ。それはちょうど誰もが幼少期に見た、畳敷きの部屋で座ったときの大人達の背丈であり、異様に大きく感じるビ–ル瓶であり、居酒屋のカウンター上に顎をのせた視点である。もちろん幼少期の視高からの視界は、言うまでもなく一過性のものだ。しかしその後の経験値としては人生の一ページと呼べるほどの影響を及ぼす。幼少期の経験とはそういうものだ。だが、大人になってからはかかる視高・視界は、身をかがめるか、模型が趣味でもないかぎり目にする機会はない。独特の視高・視界から切り取られた画面が「なつかしさ」を惹起するのはそういった理由からだ。
低目の人間の視点であるようで、実際は(成人視点からは)ありえない視高からの画面づくり。
そして、会話をかわす人物たちは滅多に正面からのツーショットにはならない。相似形配置は有名だし、正面を向いた会話の人物切り返しモンタージュにおいても、カメラ目線のようでいてけっして交差しない目線、これもまた世界感を醸成するのに一役買っている。要するにうわのそら状態なのだ。多少感情が乗った演技があると思いきやたちまちロングである。まるで何者かにあやつられているかのよう。恐ろしく緻密に計算された画面設計の妙とあいまって、徹底して観客を一定度緊張させるに至り、この世のものとは思えない独自の世界を呈している。異世界モノSFなのではいかとすら思ってしまう。
しかも、(近)カメラ目線ということは観客に当事者性を強いており、「なつかしい異世界」に座らされ、しかもそれを幼少期の視点で見せられていることになる(告白すると、小生は人の目を見て話すのは苦手だ)。
どれもリアリズムからはほど遠い、杉村春子扮する娘の志げが比較的エキセントリックな役どころではあるが、それは義娘である紀子のキャラとのバランス上演出されたものかもと考える。
「コレってあの世の物語?」と受け取られかねない演技をつけたキャラクターたちにドラマを演じさせ、それを記憶の片隅にある既視感=なつかしい構図で編集されれば、異世界モノSFよろしく神の指先におどらされる傀儡たち=地を這う生き物たち、の中で、臨場感を強いられる観客は、フィルムのもつあまりの射程距離の長さに慄然とするしかない。超上から目線のドラマに目立った起伏など求めるべくもないが、一転、ステレオタイプなキャラとドラマを一気に複雑化するクライマックスが用意されている。原節子扮する、戦死した次男の嫁、紀子が真情を吐露する場面だ。-自分もまた、ヨロメキ未亡人なのだ-が、各々のキャラクターが演じ続けていた、もしくは演じさせられていた舞台風土=東京、大阪、そして尾道を浮かび上がらせる。神から目線の物語にはヨロメキ未亡人も地を這う生き物の一匹なのだ。ある意味後のミヒャエル・ハネケ監督作品まで射程に収めた、これは真っ当で、恐ろしい映画物語だ。仮面が剥がれる瞬間も編集された仮面劇映画とも言えよう。ピカソが見たらどう思うかな?
「なつかしい異世界」と聞いて、『ALWAYS 三丁目の夕陽』を思い起こす人もいるだろうが、数あるレトロものとは全く違う。すくなくとも『東京物語』は時代の一視点から見た過去の一時節ではない。全くの異世界ものであり、ゆえに普遍性をもっている。むしろパゾリーニの諸作に近いのではと考えるご仁もいるだろう。カメラとマイクを持ってタイムマシンに乗って紀元前に跳んだのでは?と錯覚してしまう『奇跡の丘』のごとく(間違えて未来に来ちゃったんじゃねーのかなんて筆者は勝手に妄想している)。ヴォネガットが見たら何て言うかな?
さてそこで、自分の勉強不足タナに上げて読者諸兄にうかがいたいのですが、小津監督の作品世界のなかで、彼ら生き物たちが神の存在(=不在?)を口にする機会がある。『小早川家の秋』で「死んでも死んでもせんぐりせんぐり生まれて来よる」を笠智衆扮する一介の農夫に例の口調で言わせているのはその一例。今から思えばそりゃ小難しいヌーベルヴァーグのインテリ共は「俺たちゃ何やってたんだ」と感化されちまうわなあとも思う。が、あくまで小生の思いつきであり感想だ。どなたか小津監督作品と「神の不在」についてわかりやすい解説を加えてくださいませんでしょうか?蓮實先生のは難しくて…(汗)。
もうひとつ思い出した。視高・視界ではないが、幼少期の記憶というより感受性にこだわった近作に『崖の上のポニョ』があった。