弦同士が擦れあい、または打弦によって周囲の空気が振動し、それが伝わって聴取者の鼓膜を振動させ音信号となって脳に伝わる。
元の弦を張ってある器の大きさや設計(デザイン)によっても、音は微妙に変化する。ただの波動ならば、純粋に振動として電子的に作り出せるはずで、シンセサイザーの設計思想はそこが元。ならば、バイオリンやホルン、サックスなどの「あるべき」音をシンセサイザーで合成させ、スピーカーで出力させてみた際のあの、薄っぺらさはどうしたことか?
もともと、楽器から奏でられる音は純粋な波動ではなく、様々なノイズ-それこそ、奏出時の楽器の調整具合、気温、湿度、演奏室内の壁の材質にいたるまでが微妙に影響を及ぼすことによって得られる雑音-が載っている。この、ノイズだらけの音こそが、実は私達の耳にえもいわれぬ美しい調べとなって響くのだ。
そのノイズたちが、純粋な波動に加わる際の最も美しく感じ取れる調和を示す瞬間とは?漆器が最も光沢を帯びる塗り工程における湿度と温度の状態とは?倒木は自らの樹脂にどのような環境で、どのような種類のバクテリアを繁殖させ、腐敗を繰り返せば、芳香を醸す香木になれるのか?いかにして自身の肉体の活性とつきあい、ファナティシズムとの出会いを繰り返せば宮澤賢治はあのような言葉を美しく連ねることができたのか?

故スタニスワフ・レム氏にならって本カテゴリでは、現実にはない映像物語作品についての感想を記してゆくことにする。「完全なノイズ」とは偶然が数乗倍重ならないと起こらない瞬間のことであり、一生のうちに一度しか出会えない瞬間-「今、ここ」のことでもあり、ありえないことすなわちありえることの総称でもある。

なーんてカッコつけてまた。