銀木犀の庭☆その3 | ネヴァーランドのオーガスティーヌ

ネヴァーランドのオーガスティーヌ

ほぼ猫、時々動物やミニ旅あります。歴代のお猫さまも稼働中ですよ。

「貴方は誰なの?」

か細い声だった。悲鳴をあげたいのを必死で堪えている。

「ラーン・オートフォール・トリスさ」

騎士は額にかかった髪をかき上げ、翡玉の瞳の中に女を捕らえた。剣を持っていない方の手を伸ばし、女の上あごをそっと押し上げる。それは女の知っていた優しい恋人としてのものであり、この上なく官能的な誘いだった。

唇が重なる。

とろけるような酩酊の内に、死と血の匂い、罪の味がした。甘酸っぱい柘榴の爛熟した味。

女は睫毛を伏せて、すべてを享受した。

涙は既に枯れていた。


「・・・俺の小鳥、この可愛い口ではつぐみきれまい」

無慈悲で、美しい声だった。


そうして、騎士は静かに女を突き放し、剣を一閃させた。

冷たい切っ先がタペストリーの掛かった壁にしばし女を縫い止めた。

時が物憂げにゆっくりと動き出し、女が崩折れると、タペストリーが女の屍に覆いかぶさるように落ちた。


二つの弦月だけがその夜の秘め事を目撃してた。


やがて、騎士が館から出てきた。優雅に、何事も起こってはいないかのようにそぞろ歩く。


来た時と同じ銀木犀の傍で、騎士は再び立ち止まった。青みを増した空気が花の香りに染まっている。彼は近くの枝を手折ろうとして、思いとどまったかのように手を引いた。


捨ててきた故郷の同じ空の下、同じ銀木犀の香る庭に、今もかの人は佇んでいるかもしれない。



―― すべては御身故の野心、御身を今一度この上に抱きたいが故の出立、別れの折の誓いは偽りではない。

だが、これより先、我が歩し道は更に幾多の裏切りとあまたの血に彩られよう・・・俺はそれを恐れも恥じもせぬ。ただ御身の他には――


騎士は透過しがたい、かすかに皮肉な表情を浮かべて、庭に背を向けて歩み去った。

館の方から火の手が上がり、空にも赤い花びらが踊る。

風に煽られて、銀木犀の小さな白い花が散り始めた。