未必の恋をした(10) | ネヴァーランドのオーガスティーヌ

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第10章

時の流れのままに、季節が移る
心は色を変える準備をしてさえいないのに


「今年の桜は散るのも早いわね」
カウンターに座って頬杖をついたまま、ガラスに打ち付ける雨を眺めていたママさんが呟いた。
雨の多い春先だった。数日前、開花したばかりの桜にも雨は等しく降っているだろう。

そろそろ店じまいの時間だった。店内の掃除を終わったサコは、店の前に出ている看板のライトを消して中に仕舞おうとしていた。
「こんばんは、サコちゃん、ママさんいる?」
声がかかった。
「あ、吉田さん、いますよ」
ひょろ長い、青白い顔をした吉田さんが傘を広げたまま立っていた。彼は有名大学の法学部を卒業してから何年も司法試験に挑戦して失敗しているという。向日葵には月に何度か顔を出す準常連客だった。
「ベンちゃんじゃない、もうすぐ司法試験でしょ、勉強は進んでるの?」
ママさんは吉田さんの顔を見るなり言った。
「ベンじゃなくて、勉(つとむ)です」
ムスッとしたまま、もう何回目になるのかわからないくらいなのに、吉田さんが真面目に抗議した。全く冗談の通じないタイプだ。
「それでこんな遅くにどうしたのよ、珍しいじゃないの」
「酷いな、お忘れになったんですか? 河豚が旬の間にもう一回食べてみたいって、おしゃってたじゃないですか」
「そうでした・・・でも、それはベンちゃんが試験に受かったら、お祝いがてら行こうって話だったじゃない?」
「司法試験が終わる頃には旬はとっくに過ぎてます。もうギリギリなんです」
怒りを露にした口調。
「はいはい、確かにいろんな意味でギリギリみたいね。サコちゃん、貴女も早く用意しなさい。ベンちゃん・・・じゃなくて、吉田さんがおごってくれるそうよ」
「え、あの?」
言われたサコもキョトンとしたが、吉田の方がもっと驚いていた。きっと鳩が豆鉄砲をくらったようなというのは、こういう時のことを言うのだろう。
「あの、でも・・・」
「じゃあ、タクシーつかまえて来て。こんな雨じゃとても歩けないわ」
吉田さんが出ていったのを確認してから、ママさんはサコを捕まえて、囁いた。
「あの人、クドくてね、ひとりで相手するのは大変なのよ。今までいろいろ理由つけて先延ばしにしてたんだけど、ベンちゃん相当煮詰まってきてるみたいだし、仕方ないわね。ま、高級な料理が食べれるんだから、我慢しましょ」
有耶無耶の内にサコもタクシーに押し込められていた。

2時間後、ふぐ刺しから始まって、ふぐ鍋にご飯が入れられて、最後の雑炊にたどり着いた頃には、吉田さんは日本酒でかなり出来上がっていた。
ママさんの言った通り、酒が進むに連れて、たくさんの愚痴を聞かされた。どうやら、今年もあまり合格の望みが無いと本人が思っているところからくる鬱屈が反映しているらしかった。
「大体、あの地裁の判決は可笑しいんですよ。未必の殺意の認定が証拠から来ている法的評価では無くですね・・・」
「サコちゃん、化粧直ししてくるから、ちょっとお願いね」
ママさんが耳打ちして個室を出て行った。
「あの~みひつの殺意って、何ですか?」
実はサコは聞き覚えの無い言葉が気になっていた。
「ああ、一般の人にはあまり聞き覚えが無いよね。一般的には、未必の故意と言った方が分かりやすいと思うけど」
「はぁ」
「たとえば、殺人があったとして、はっきりと殺意をもって殺した場合は確定的故意があったとされるけど、絶対に相手が死ぬという確実性はないが、その行為によって死ぬかもしれない、死んでもかまわないという心理状態にあったことが認定されれば、未必の故意があったものとして、罪状に問われるということなんだよ」
「えと、つまり?」
「落とし穴を掘って、そこに人を突き落とせば殺人事件になるけど、そこに誰かが落ちて死ぬかもしれないし死なないかもしれない状況で人が死んだ場合、故意にでなければ事故、未必の故意があったとなれば、殺人罪になるのさ」
「けど、考えたか考えていなかったかって、どうやって証明するんですか?」
吉田さんは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「そこが問題なんですよ。これから裁判員制度が導入されれば、一般の人も法的評価をつけて、罪を判定しなければならなくなる訳で・・・」
力説が長々と続いて、サコも訳がわからなくなった頃にやっとママさんが戻ってきた。
「あらあら、随分優秀な生徒がいたみたいね」

吉田さんが目の飛び出すような支払いを済ませている横で、サコはママさんにそっと尋ねた。
「あの、ママさんが長い間戻って来なかったのって、未必の故意があったんですか?」
「・・・サコちゃん、貴方は本当に優秀ね」
ママさんは目を細めた。



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ここもう少し書き足すかもです~A=´、`=)ゞ
しばしお待ちを~~~φ(.. )

21時。書き足しましたので、その前にごらんになった方は、よろしければ、もう一度お読みくださいませm(_ _ )m

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