第3章
恋と愛の間に引かれた一本の線
どちらがより綺麗で どちらがより熱いのか
喫茶店の営業時間もそろそろ終わりに近づいていた。
ママさんにもだいぶ信用されるようになっていたサコは一人店仕舞いの準備をしていた。そこへふらりと黒いゆったりとしたドレスの女が入ってきた。
「まだいいかしら?」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
常連の人たちが残っていたりすると30分くらい延長になることもよくあることだった。
「サコちゃんだけ?」
かすれた声が物憂げで、毒のような色香を振り撒いている人だ。
頷いて、コーヒーを淹れる準備を始めた。
ジロジロと眺められてる感じがして、居心地が悪い。
「朝子さんは今日はお一人ですか?」
「暇よ、今日はね」
意味ありげに笑った。名前とは正反対に夜の匂いのする彼女は、上の階のマンションの住人で現れるのは大抵午後からと決まっていた。週に何度か、ガラス越しに恰幅のいい脂ぎった男性と腕を組んで通り過ぎ、エレベータの方に消えていく姿を見かけていた。愛人なのだと、奥さん連中が噂している。
この店の常連にはもう一人、愛人らしい女性がいる。一応、専務という肩書きでその会社の社長を連れてやってくる。スーツを着こなしたふくよかな胸に有能さと朝子と同じ色香を秘めているようだった。
彼女と朝子にはありありと対抗意識のようなものが感じられた。馴れ合ったように仲良く話しながら、お互いを探りあい、時々辛らつな皮肉を織り込む。
ママさんは二人のいないところで、ぼそりとマングースとハブのような関係だと苦笑した。
「ねえ、サコちゃん、恋愛って恋と愛の二文字よね」
「英語では同じLOVEですけど」
「外人は大雑把だものの、区別なんてしない訳ね。でも、どっちが激しいと思う?」
「えっ……恋は純粋で綺麗というか一途というか、激しく思ったりするかも……愛ってもっと暖かくて穏やかなものかな?」
サコは自分で言ってて、気恥ずかしくなった。
「違うわね」
慣れた手つきでライターの火をつけながら、朝子が言った。
「愛ってもっとドロドロしたものよ、熱くて、溶けそうなもの。恋とは比べ物にならないわ」
嫣然と笑う。挑むような鋭い眼差しに、サコは居心地の悪さを覚えた。
愛には異性に対してだけでは無いもっと大きな感情も含まれているのにと反論するのも虚しいというより、子供扱いされる気がして口にはしなかった。それでも、どこか釈然とせず、悔しさがこみ上げた。
「いいわね」
顔を上げると、朝子はため息のように煙を吐き出し、もう一本煙草を取り出した。
「恋愛が綺麗なものだって幻想を持っていられる内が、幸せよね」
朝子の大きな瞳にもう一度点けたライターの炎が揺らめいていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の匂いがしますw
ちょっとまどろっこしい話ですが、恋と愛を区別しているのって、日本人だけなのかもって思うことあります。
英語ではファーストラブはあるけど、それ以降はみんなLOVEですよね。
日本人はもっと区分けして、自分なりの解釈をする。綺麗な言葉が、日本語にはたくさんあります。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇