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『美の法門』について学ぶ ~祈りは「言魂」。

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経典『言葉・愛・呪い』33ページから

外国語で翻訳すると「言魂」はどうなるのか

です。

 

総裁補佐より中原中也、ゲーテについて言及があります。。

ちょうど、『ドラゴン・ハート』関連の経典『霊界散歩』に両者の記載がありますので抜粋します。

 

経典『霊界散歩』第3章 霊界の不思議(質疑応答)203ページ

ゲーテは如来、ハイネ、バイロンは菩薩です。日本人の詩人では宮沢賢治が菩薩です。中原中也、立原道造は、菩薩までは行きませんが、菩薩に近いところにいます。

 

 一流の詩人は霊格が高いのです。詩人は極めて霊的なので、一般的に言って、学者より霊格が上です。学者には六次元の魂が多いのですが、一流の詩人の魂は七次元以上であることが多いのです。

 

 三十歳ぐらいまでに若死にする詩人もよくいますが、詩人は心がきれいなのです。詩人は、想念帯の曇りがあまりなく、心の透明感が極めて高いため、天上界からインスピレーションを受けることができ、そのインスピレーションで詩を書いています。その意味で、詩人には霊能者が多いのです。学者として一生懸命に勉強している人より、インスピレーションを受けて美しい詩を書いている人のほうが、霊格的に高い場合が多いわけです。

 

 ゲーテは、詩だけでなく、詩以外の文学や政治など、いろいろな方面に才能を持っていました。一つの大山脈です。ああいう山脈のようになれば如来です。また、厳密な意味で詩人と言えるかどうかは分かりませんが、シェークスピアも如来ですし、文豪の夏目漱石や俳人の松尾芭蕉は菩薩界にいます。

 

ゲーテについては、「老子の霊言」(絶版)で、ゲーテは老子である。というふうに明かされていますね。

 

 

さらに今回発刊された『ドラゴンハート原作集』の芥川先生の霊言を読むと(116~119ページ)

 

 

これについて微妙な言及がされていました。ぜひ読み返してみてください♬

 

 

そして、『言葉・愛・呪い』の34ページから「言魂」についてのお言葉があります。

 

英訳の経文の言魂についておっしゃっていますね。

いま支部での「復活の祈り」朝の開催だけは、

この、主が英語で直接書かれた

『真理の言葉『正心法語』が読誦されています。

 

これを読誦していると胸が熱くなる!!!

ぜひ日本語と英語の両方の読誦の感覚を、

体感できて味わえるなんで!!!

これも今世だけ味わえる喜びですよね♪

 

 

「復活の祈り」が始まって以降、

いかに祈りの精度をあげて、

主にお届けするにふさわしい祈りとするか、

全国全世界の仏弟子は

精進を重ねておりますが

やはり、この「祈り」こそ

「言魂」そのものであると思います。

 

37ページには総裁補佐のお言葉として

「バイブレーションがある言葉というのは、その人がどれだけ自分の心を耕しているか」

とあります。

 

 

おなじ『正心法語』でも、いわゆるお経のようによむ

「だい~うちゅ~にぃ~ひかりあり~ぃ~」と、

毎回、何も考えずに、クセで、単に読んでいくのと

 

心にて、その大宇宙を描きつつ、

主と、自分との心の架け橋をつくるような

主の言魂に自分の心を共鳴させていくような

そういうことを意識しながら読誦するのとでは

雲泥の差がでてくると思います。

 

 

『祈りの原理』(経典『幸福の科学の十大原理(下)』第5章)

329ページには「祈りのための三つの基準」として

「美・善・愛」が説かれています。

 

いまこそ、全仏弟子が真剣なる祈りを行うとき。

これほど「祈り」という行為に

フォーカスがあたった時代は

幸福の科学の歴史において初めてです。

 

そして、

その真剣なる祈りの中で

いままでとは全く違う信仰の境地に

到達していっておられる方も

たくさんおられるように思います。

 

だから

実は、「美の法門」とは

「祈りの法門」でもあるのだと

私は感じております。

 

自分を飾る「偽りの美」

あるいは”世界と飾る”と偽る

「この世だけの美」と、

 

主に捧げんとする

霊的な「真なる美」の

 

その調べの差異を

自分の魂にて

つかみとりたいものです。

 

 

昨今よく書かせていただいている

『芸能系エル・カンターレ祈願』もまた

その、美しき、祈りの力へと、

さらにさらに目覚めていくためにこそ

捧げるものだと思います。

 

つづく

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