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その31~映画「ドラゴン・ハート」について深める

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『地獄界探訪』の第3章に入ります。

第3章は奈良で説かれた「悟りの原点とは何か」というタイトルの御法話です。

151ページに結論がいきなり説かれます。

 

「自分とは、

いったいどういう存在なのか。

自分は、いったい何なのか。」

ということを

まず知ることが大事です。

 

 

「自分とは何か」

みなさんは、どう答えられますか?

 

 

 

 

 

肉体にそっくり入っているところの、

霊体としての自分」というものが、

信じられるか。

 

これは、知識だけではなく、

しみじみとした生活実感として

そう感じるか、というところまで

問われていると思います。

 

これを深めるために

反省も

瞑想も

祈りもあると言えますね

 

 

やがてなくなる肉体に執着せず

「なくならないもの」を

自分と思って

大事にするのが

本来の仏教

 

 

なのですが、現代の仏教は

唯物仏教に成り下がっています。

 

これは、私も実体験したところです。

 

私が通った大学は禅宗系の大学でしたので

僧侶の教授も多く、また黄色い法衣をきた留学生も

キャンパス内を歩いていました。

 

そこにいた

仏教の教授の、全部の部屋へ訪問して

「幸福の科学」の献本活動で

伝道したことがあります。

 

もちろん、ほぼ拒否されるのですが、

 

それだけではなく、

ほとんどの教授が唯物論でした

 

不可知論までいれると全部だと思います。

 

ひどいものです。

こういう教授陣に教えられて単位をとって卒業し、

僧侶になっていく人ばかりということですから。

 

「仏教ももう末だな」

は、私も本当に感じたことでした。

 

お経を本当に読んでいたら、霊的なことを認めている部分はたくさんあります。

経典自体に「神々との対話」「悪魔との対話」もありますし、「施論・戒論・生天論」を説いた「次第説法」も霊的世界への生天の話。「梵天勧請」は霊的存在の梵天がお釈迦様に法を説かれるよう願った話です。三明を得る話や、三世両重因果の話、涅槃論、降兜率天説話、霊界へのマーヤ夫人への説法、直弟子たちへの授記。などなど、(『太陽の法』67-8ページ参照ください)

知識的に知っているだけでも、そこらへんのお坊さんは簡単に論破できるようになりますよ♪嫌がられるでしょうけれども(笑)

 

 

さて、悟りの原点として挙げられている②点目は

「自分の心のあり方が、死後の天国・地獄を決める」

というものです。

キリスト教ではそこまで精緻ではなく

単に「イエス・キリストを信じれば天国」とされています。

 

 

「今の、生きている自分の心のあり方と、死後、行くところとは一緒」

「この世とあの世を貫いて一貫している」

 

これは非常にシンプルですが深い教えです。

 

実は地獄に堕ちる人は

地獄に堕ちて初めて苦しみ始めるのではなく

生きている時に、もうすでに、苦しみの中にあるが

それを苦しみだということさえ自覚できず、

喜びだと錯覚している人達です。

その矛盾を喝破し、教えることが伝道だとも言えますね♪

 

地獄に堕ちると本当に「哀れ」な姿になってしまう。

もう「自分が助かりたい」ということ以外に

何も考えることができない。

 

その助かる方法

地獄から抜け出す方法は

正しい宗教でしか教えてくれない。

 

いまのこの末法時代にあっては

幸福の科学以外の教えでは、ほぼ救われません。

これは実際問題として

他の宗教では、救うための

正しい教えが説かれていないからです。

 

 

私たちも、たとえば、

何か突発的な苦難、事故や身体的な痛み

あるいは人間関係で嫌な思いをした場合に

とっさに「あれっ!私、なにか間違ったかな?」

反省する癖があるかどうか

 

とっさに、

環境や他人を分析しようとする

思考のクセがついてしまっていないか

 

あるいは自己嫌悪や自虐がクセになっていないか

 

ここが霊界では「大きな大きな差」になるということを

よくよく心に留め置いて

日々反省する癖を、

日頃からつけておかねばなりません。

 

八正道を中心とした反省を、

常日頃からの習慣にしておかないと

いざ!というときに急にやろうとしても

絶対に できないのです。

 

出家・在家問わず、

たとえベテランの信者といえども

心のコントロール次第では

地獄に堕ちることもあるのですから。。。

 

ほんとうに四正道の「反省」を

大切にしてまいりたいと思います。

反省は、永遠の生命を護る、

「救命浮き輪」のようなものだと私は思います。

 

つづく

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