キッチン (新潮文庫)/吉本 ばなな
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メモあらすじ
家族という、確かにあったものが年月の中でひとりひとり減っていって、自分がひとりここにいるのだと、ふと思い出すと目の前にあるものがすべて、うそに見えてくる―。

唯一の肉親の祖母を亡くしたみかげが、祖母と仲の良かった雄一とその母(実は父親)の家に同居する。

日々のくらしの中、何気ない二人の優しさにみかげは孤独な心を和ませていくのだが…。


世界二十五国で翻訳され、読みつがれる永遠のベスト・セラー小説。泉鏡花文学賞受賞。


ずっと前に読んだけど、再び

ひっぱりだして読んだ。

絶好調のときによしもとばななを読むことはないな~。


読むのはいつも、落ち込んだとき。


別に、励まされたいとか癒されたいなんて思ってない。


ただ、よしもとばななのお話は、私の心を平らにしてくれる。


冷静に引き戻されるんじゃなくて、

両足をちゃんと地面にぺたっと張り付かせてくれる。


とにかくそれができれば、ちゃんと次に進める気がするんだよね。



世界は別に私のためにあるわけじゃない。

だから、いやなことがめぐってくる率は決して、変わんない。自分では決められない。

だから他のことはきっぱりと、むちゃくちゃ明るくしたほうがいい、って。


雄一の母、えり子が男から女になるとき思ったことなんだけど、

今の私にはず~んときた。


ちょっと、私もそうしてみるね。


よしもとばななのデビュー作。



文庫のあとがきで、


感受性の強さからくる苦悩と孤独にはほとんど耐えがたいぐらいにきつい側面がある。

それでも生きてさえいれば人生はよどみなくすすんでいき、きっとそれはさほど悪いことではないに違いない。

そのためには、甘えをなくし、傲慢さを自覚して、冷静さを身につけたほうがいい。

多少の工夫では人は自分の思うように生きることができるに違いない。


という当時の作者の信念が書かれている。


そして、


愛する人たちともいつまでも一緒にいられるわけではない。どんな素晴らしいことも過ぎ去ってしまう。

どんな深い悲しみも、時間が経つと同じようには悲しくない。そういうことの美しさをぐっと字に焼き付けたい。


という考えを届けたい小説だったそうだ。


当時の作者は、この小説がベストセラーになってしまったので、

本来必要としていない人にも読まれているということに喜びを感じる許容量はなく、

苦悩してしまったらしい。


しかし、年を経た今は、この小説はなるようにしてああなったのだから、いいところだけを楽しい思い出に。


など、楽しい思い出になっている。

そして、いろんな人にいろんな読まれ方をして、読者の隠れた感受性が開花したのなら、自分の仕事を果たせたのだと言う。


さあ、私はどう受け取っただろう??


今のところは、えり子さんの言葉を汲み取ったところ。


後半のみかげと雄一の男女の事。結びつき、絆は、まだちょっと・・・


男女の愛というより、

二人は手をつないだと言ったほうがしっくりくる感じがする。


同士


二人の中に個々にある

共有はできないけれど似たような孤独とか悲しみ辛さを

二人でぎゅって手をつないで、

ずんずん歩いて超えていくんだろうね。これから


それで、その辛い感情が薄くなって乗り越えた時に

二人は手をつなぐ必要がなくなるのかもしれない。


それで、次はまた別の必要なものがあって

探してそれと手をつなぐの?


それは、ずーっと別れて付き合ってを繰り返すって意味じゃなくて

同じ人でも、次々テーマみたいな課題みたいなのをクリアしていくって事。


そんな気がします。


こういうことを繰り返のが、生きるってこと?