さてさて、産まれて物心付くまでは、記憶はない、昔は幼稚園は2年間で、いかない子供も当たり前の時代


母子家庭でありながら幼稚園へ通えたのは、母が洋裁。和裁と安い賃金だが大黒柱で頑張っていたおかげ


だと、小さいながらも母の手伝いを自分ながら頑張った、私には4歳年上の姉が一人いた。いたって過去形


なのは、もうこの世の人ではないから・・・・・(これに付いては又何話かで話すことになるでしょう)


母の口癖は 私にとって一度も顔もぬくもりも知らない父の悪口ばかり、そう、離婚の原因は全て父にある


事を頭に叩き込まれた訳で、離婚当時は姉は、父に 産まれたばかりの私は母に引き取られ姉妹ばらばら


に育てられていたのだが、やはりお腹を痛めて産んだこです、気にならない訳がない、ある日、母がそっと


姉の様子を見に行ったら、雨が降るのに表に出され泣きながら立っていたそうです。それを見て思わず抱きしめ


たそうです。そこで、姉が言ったそうです、{妹の子守りも何でもするからお母ちゃん連れてかえってー!!)


と抱きついた姉の頭にはのみがわいていたそうです。その時母はどんな、苦労をしても二人の子供を育てようと


決心した。 夢の話まではまだまだ 次回3話までおたのしみに~!!!

チョキはじめまして、初ブログです。スタジオオードリーの名前のいわれもおいおいとお話しましょう


1回目とゆうことで、これだけは、書いておきたい!夢はみるもの?いや!実現するもの


若者も老人も、人生一度、見事に実現してきた私のお話を是非聞いてこの、不景気な世の中


で、ゆめの見方、等  又、私の産まれ育った環境から現在にいたりお話ししながら、人生を変


えたいと、思っている方、悩んでいる方、元気になりましょう!2回目をお楽しみに!耳


全て、夢を現実にしたオードリーでした。合格