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audiokick-dialy つれづれなるままに

29歳、山と酒と音楽の日々。

2日間同じ宿だったガイドさんとお別れ。

日本語ペラペラの彼は今回ヨーロッパ人二人を連れていて、早口でしゃべるその英語がわかりづらいとボヤいてた。エベレストエリアは最近値上がりが激しいとか日本のトレッキング会社はマージン持っていきすぎだとかクライミングやるなら直接連絡してこいとか、ガイド連れてたら聞けないようなことをいろいろ教えてくれた。サンキュー。ナマステ。

ナムチェの先からはどんどん展望が開けてくる。audiokick-dialy つれづれなるままに
タムセルク、アマダブラム、ローツェ、エベレストも見えてくる。ヒマラヤの奥地に迫っている。

一旦川沿いまで標高を下げ、この日の宿ポルツェタンガ。ここはロッジ1軒だけの静かな川辺。

のはずが。

同宿の欧米人10人くらいの中年パーティーがトランプで盛り上がっていてとにかくうるさい。

ロッジの人達も呆れ気味。

夜9時過ぎて、薪ストーブの火が消えてもまだうるさい。部屋にいる俺の耳まで届く騒音。

いい加減あきれ果てたロッジの人がブレーカーを落として強制消灯。

これ山小屋の特権。
パクディンからしばらくは川沿いの気持ち良い村道歩き。民家も多く子供も多い。ネパールの田舎道。

モンジョのチェックポストで個人トレッカー(ガイドを付けてない個人、パーティー)はパーミットのチェックを受ける。

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が、なぜか俺だけノーチェック。

この地域に住むシェルパ族の顔つきはほんと日本人とそっくり。ちょっと色黒。

この地域の物流手段は人間の背中か、ヤクという毛フサフサの牛みたいな動物の背中で運ぶのみ。標高2000m台から5000mまでを人力とヤクのみでつなぐ。いわずもがなシェルパ族は高地にめちゃくちゃ強い。トレッキングのガイドもポーターもシェルパ族が大活躍。6000mを超えるクライミングでも8000mオーバーの超高所もシェルパのサポートは不可欠。

チベットからヒマラヤを越えてきたシェルパ。すごく親近感がわく。

ラージャブリッジを越えてナムチェまでは標高差600mを一気に上る急登。そしてこのトレッキング一番の凄まじい土ぼこり。人やヤクが通るたびに土ぼこりが舞いあがり苦しい。マスクが無いのでネックウォーマーで口を覆うも、暑くてたまらん。

もう嫌だーと叫んだころ、ナムチェに到着。

ナムチェはエベレストエリアで一番大きな町。ロッジも200軒くらいあるらしい。

昨日パクディンの宿で出会ったガイドのシェルパに聞いた宿に。カラ身になって少し上のシャンボチェの丘を往復して、今日はおしまい。。
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朝7:00トリブバン空港。

空港へ向かうタクシーの運転がとにかく怖い。常に前の車を追い抜こうとしてる。でもよく見まわすと、全ての車が追い越しを狙ってる。「国際線?国内線?」と聞かれ、「ドネイション」と答えてしまう。「ドメスティックね」と理解してくれた。ナイスネパリ。

飛行機は予定通り(?)のディレイ。でも先月ルクラで一機墜落しているイエティ・エアラインなので、焦らずゆっくり天候を待ってほしい。3時間くらい黙って待ちますよ。

冒険心をくすぐる20人乗りプロペラ飛行機。タクシーといいツーリストバスといい、ネパールの乗り物は常に怖い。audiokick-dialy つれづれなるままに
山に向かって傾斜のついた滑走路に、決死の着陸。ほんと怖い。三途の川の向こう側、ルクラに到着。

バックパックを受け取ると、隣りにいた少年がネパール語で話してくる。わからないよ、って顔してたら、「アーユーポーター?」と。んなわけない。

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ルクラの町では何人か、ポーターやるよ、ガイドいるの?という少年に出会うも、思ったよりもずっと少数。稼ぎたい奴らは旅行会社のたくさんあるカトマンズへ行ってしまう。あと、経験豊富なガイドもカトマンズに行ってしまう。だから、ルクラで良いガイドを見つけるのはかなり難しい。道中いろんなガイドと話したらわかった。

3時間ほど歩いたパクディンの町で今日は泊まる。

晩御飯はダルバート。今後長い付き合いとなるネパールの代表的料理。プレートにライスとジャガイモカレーと青菜の炒め物みたいなのが一緒に乗り、かならず豆スープがついてくる。ライスと豆スープはどこのロッジでもおかわり自由。ただし一杯目がものすごい量なのでほとんどそれで満腹。

シングルルーム50RS、ダルバート250RS。(1RS約1.25円ほど)日本人にはちょっと理解しがたい値段の付け方。部屋代より飯代のが高い。だからメニューの一番下に、「他所で食事したら、部屋代1000RSいただきます」なんて書いてある。

部屋代も飯代も、このあと標高に比例してどんどん上がってゆく。

ルクラの標高約2800M、パクディン約2600M。あれ、ちょっと下がったぞ。
個人トレッキングのパーミット取得、カトマンズからルクラへの航空券購入がこの日のミッション。

「旅の指さし会話帳 ネパール編」とか持ってったけど、商売してる人はほとんど英語が話せたので使わず。ちなみに俺の英語力は中学2年生レヴェル。ネパール人が中学3年生くらい。とてもわかりやすい。欧米人同士の会話はほとんど理解不能。

パーミットはあっさり取得完了。アローントレッキングは公的に認められている。

エアチケットは、二軒目の旅行会社で往復US$242を$230にしてくれた。「ガイドはいらない」と言うと「そうか、気をつけて」とあっさり。ポップコーンをワシワシと食う、良い感じの主人。昨日の会社は「エアチケットはフィックスプライスだからディスカウントできない」と言ってた。おまけに「ガイド無しで行ったらチェックポストで返される。マオイストに遭ったら襲われる。」とも。旅行会社選びは慎重に。

旧繁華街ジェッチョンのピュアベジタリアンレストランで晩飯。ついついビールをたのんだら「うちには置いてない」と怒られた。「エクセプト・アルコール」と。でもヒヨコ豆のカレーは最高にうまかった。

その他地図、サングラス、サンダル等いろいろ購入。

この日一日でノドをやられる。カトマンズはとにかく空気が汚い。乾燥していて埃だらけの街中をバイクや車がひっきりなしに通る。ものすごく細い路地までバイクが入ってくる。みんなホーン鳴らしまくるからいつでもうるさい。

でも夜9時過ぎるとウソみたいに静かになる。停電効果なのか。
航空券の都合で出発は関空。タイ航空にてバンコク乗換延べ13時間でカトマンズのトリブバン空港に到着。
タクシーチケットカウンターの兄貴の言うがままにしていたら、自動的にタメル(ツーリスト街)のホテルにチェックイン、そのまま旅行会社のオフィスに連行。あきれるくらい手際が良い。

エベレストエリアで2週間トレッキングしたい、と言ったら、「大まけにまけてUS$1500、エアチケット別。」と。仕方がないのでノーサンキュー、グッバイ。この瞬間ガイド無しのアローントレッキング決定。

あんだけ確認したのにホテルのシャワーはお湯が出ない。町全体で計画的に停電。初日からネパールの洗礼を受ける。
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11月の頭で山小屋は閉まり、下りてすぐにネパールにトレッキングしに行ってきました。初のアローン海外旅行。

しばらく日記を書いてなかったので、ここらでドバっと書きます。
夏休みで山小屋にも子ども達の姿がチラホラ。

いい景色といい思い出を持って帰ってほしいなーという想いです。

具体的にそれが初期の衝動とならなくても、潜在意識のなかに自然の美しい風景が刻まれればいつかきっとまたそれを求めて歩を進める日が来るんだと思います。

今日もまた、いい夕焼けでした。

この夕焼けを見に、いつか自分の意志と自分の足で山に登る日が来るといいね。

ここ最近の最高気温は19℃くらいです。

暑い、という言葉を一度も口にしないうちに夏が終わるかもしれません。
山小屋に入って数日が経ちます。

関東地方暑いみたいですね。僕が住む辺りの今日の最高気温、18℃でした。コタツで大河ドラマ見てました。

あまりの環境の変化に笑えてきます。

200人分の天ぷら揚げたり、豚モモ10キロをサイコロ大に切ったりするのはなんとなく予想通りだったのですが、自分の体重くらいある石を背負ってザレた沢を歩くとは思っていませんでした。

今日は登山道の整備。

シンプルに暮らしてます。

皿洗いながら見える朝日や、トイレ掃除しながら見てる稜線。誰も来ない石取り場の沢。

綺麗な空気の中で暮らしてます。

綺麗にも程がある。
引っ越しも完全に終わり、ついに東京とグッバイとなりました。

仕事に入るまで少し時間があるので、地元の八ヶ岳に登ったり、サイクリングで温泉行ったり、昨日は富士山に登ってきたりしてました。

富士山。良かったです。

登山好きなら一回くらい登っておかなきゃなー、くらいにしか思ってませんでした。あんな最高な景色が見られるなんて思ってませんでした。

ご存知高さは日本一。2位以下を遥かに凌ぐ3776m。高度のせいで息が上がるのは初めての経験でした。

噴火口のスケールも桁違い。お鉢巡りでちょっとした稜線縦走くらいの長さがあります。

日本一大きな影も見えました。朝日が平地に映す富士山の影。でかすぎて距離感を失います。

でも一番の光景は、頂上直下の登山道を一歩一歩苦しみながらも登る人々の姿。

普段登山も運動もあまりしてないだろう人々が標高3700mを明け方の4時くらいに歩くんだから、そりゃ辛いです。

必死な顔で頑張る人の姿。

富士山での一番美しい光景でした。
 故郷に帰ってからの職場が決まりました。

 実家の後ろにある八ヶ岳の山小屋です。

 友達みんなに遊びに来てもらいたいのですが・・・、

 標高2700mくらいのところにあって、登山口から5時間くらいかかります。かなりイカした場所にある職場です。

 来れる方は、是非!!

 景色はめちゃくちゃ良いと思われます。空気も綺麗です。

 携帯は、たぶん繋がります。稜線上なので。

 来る方は、メールください。

 採用の電話を頂いたとき、「荷物は何を持っていけばいいですか?」と尋ねたところ、

 「一週間風呂に入らなくても大丈夫な支度をしてきて」と。

 いいっすね、わかりやすくて。嫌いじゃないっす、そういうの。

 仕事ぶりを見て終了期間を決めるとのこと。希望通りいけば11月頭まで山の上です。月に一回くらいは下りてきますが。

 東京を去るにあたっての一つの願いは、生活スタイルを変えてとにかくシンプルに暮らすこと。昼は、働く。夜は、寝る。

 とりあえず、第一歩が踏めそうです。

 どうも最近、気になることが多くて。

 文化を捨てるというわけじゃないけど、利便性を追求した社会にちょっと疑問を感じていまして。

 科学や工業が発達して、冬でも夏でもスイッチ一つで部屋は快適な温度になって、短時間で昼夜を問わず遠くまで行けて、炊飯釜はスイッチ一つで放っておいても飯を炊くし、洗濯しに川まで行かなくてもよくなったのに、仕事に時間を追われている人が多いのはなぜなのでしょうか。

 江戸時代の人より暇な時間が多くなってもいいはずなのに。

 そして、物質的に何も不自由していないはずの人が起こす信じられない事件が多発しているのはなぜなのでしょうか。

 どの凶悪犯罪事件を見ても、犯人が腹減ってたとはテレビで言ってません。

 いちばん大切なものって何なのでしょうか。

 山の上でシンプルに暮らしながら、考えてみようとおもいます。