多くの方が書いていらっしゃるので、くどくど書きませんが。

被災地に出向いて、『これは天罰だ!』と叫べるんですか? 石原慎太郎。


日頃、傲岸不遜な態度で能書きを垂れては失言を重ね、
阿呆なのはわかっていたが、ここまでの阿呆とは。
これを言ったらどうなるか!? そういう想像力すら働かないんでしょうね。

撤回して謝罪? 吐いた言葉は取り消せませんよ。


孫を連れ高台に避難する途中、足の遅いご自身のことはかまわず、孫を他人に託し、
ご自身は波にのまれて亡くなられたお年寄りがいらっしゃると聞きました。

このような胸が張り裂けそうになるお話がある一方で、
『石原! お前は人間のクズだ』
なんと最後に書いたのが8月15日叫び

母子の退院からドタバタと睡眠不足と格闘の日々を過ごしていたら・・・

9月中旬から、週末は帰京できたりできなかったりするものの、
平日は博多ビックリマーク という生活に突入ガーン
ブログを書く気力もありませんでしたダウン

11月中旬から、博多へ行くこともなくなり、やっと平穏な生活に合格

この3ヶ月で変わったこと。

1.2600で産まれた赤ちゃんが、5700になったこと。
2.3時間おきに泣いた赤ちゃんが、朝まで寝るようになったこと。
3.赤ちゃんが、なにやら話をするようになったこと。
4.赤ちゃんと、意思の疎通がはかれるようになってきたこと。
4.夫婦揃って、肩痛と腰痛を抱えたこと。 ( → 頭痛へと発展)
5.妻の態度が強くなってきた爆弾にひひ

5番 重要です (笑)
退院初日の晩は、ミルクにおむつと、妻とふたりで悪戦苦闘し、
翌日は睡眠不足でフラフラでした。

3晩経過しましたが、なんとなく手順とリズムがつかめてきたような!?
妻が傷の検診に出掛けている間に、おむつとミルクも独力でこなしました。

産後のしわくちゃな顔から10日、随分と顔がしっかりしてきました。

元々じっとしていられず、なにかしら家事をしたがる妻が、
睡眠不足で倒れないかが心配です。

知人が沐浴のお手本をみせに来てくれたり、退院の日には晩ご飯を作り届けてくれたり、
色々とお世話になっていますが、
そういった先輩達からのお小言もあり、昨日あたりからやっと、
赤ちゃんが寝ているときには一緒に寝る、という提案に従い始めてくれました。

定番の台詞なんでしょうが、妻いわく、
『この子のためなら死ねる』だそうです 笑

あ、名前から通称は 『すずちゃん』です。
5日の手術後は、ストレッチャーで運ばれる途中の振動にさえも顔を歪める。

昨日は、寝返りなどとんでもなく、体に触れるだけで響く。

今日は、上半身は動かせるようになったが、寝返りも時間をかけてゆっくりと。
上半身を起こしてみようと介助するも激痛で断念、元通りに寝かせるにも一苦労ガーン
それでも、夜の検診のための移動は、自力歩行させられたそうです。
ん~、スパルタ叫び

誕生当日、昨日、今日と、どんどん顔がしっかりしてきました。
そして今日は、うっすらと目を開いて、ぼんやりこちらを見るしぐさラブラブ!

妻と僕の声がわかるのか!?
ぐずりそうになっても、あやすと治まります。

まぁ、とにもかくにも、可愛くてしかたがないラブラブ!

D☆A☆Iさんからいただいたコメントにもありましたが、
大阪の幼い姉弟餓死事件は、ニュースを見て涙がこぼれそうになりましたむっパンチ!

こんなに愛おしい子供に、どうしてあぁいうことができるんでしょうか・・・
まだ遊びたい、自分だけが可愛いガキ(餓鬼か)が、
適当に遊んで適当に産むからこういうことが起こるんでしょうね。

このてのニュースに、今までも憤慨はしていましたが、
涙がこぼれそうになるほど心が痛むようになったのは、
やはり子を持つ、という自覚が心にできたからだと思います。

妻とふたりで、大切に、そしてきちんと、育てたいと思います。
本日18時頃、母子ともに無事に、約2600㌘の女の子が生まれましたクラッカー

ご心配いただいた皆様、ありがとうございました音譜


13時半に病院に入り、点滴2種類等々の準備開始。
17時に病室から処置室へと向かいました。

麻酔の効き具合にもよるが、赤ちゃんが新生児室に来るまでは30分程度と聞いていましたが、
30分を過ぎてもなんの気配もなし。

静まりかえった無人のサロンで、まだかなぁ、無事かなぁ、
と、焦るほどではないにせよ、かすかな不安感を抱いていました。
しかし不思議なことに、気が付くと無心でいた数分の後。
突然、赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえました。

赤ちゃんが生まれれば、泣き声が聞こえるはず、ということすら忘れていて、
その泣き声で我に返り、『あ、うちの子だひらめき電球』と気付きました。

しばらくすると、看護士さんが赤ちゃんを抱いてきました。
『びっくりする程、元気に泣いてくれてニコニコ』とニコニコされてました。

抱っこしますか!? と渡され、
我が子に最初にかけた言葉は、『よぉ ニコニコ』 でした。
無意識に出た言葉ですが、思い返すと僕らしいなと思いますにひひ

そこから約30分、お腹の縫合を終えた妻が出てくるまで、
新生児室に寝かされた我が子を、飽きることなく眺めていました。
泣き出しそうになると、名前を呼びましたが、
ガラス越しであるのに泣きやんだのは、聞き覚えのある声が届いたからでしょうか!?


早く産みたい、生まれてからの寝不足なんぞいまの痛みに比べればへっちゃら、
と痛みにも強く、何事にも我慢強い妻ですが、
ストレッチャーに乗せられ出てきた妻の顔は、苦痛に歪んでいましたガーン

自然分娩でも、後産の子宮収縮は辛い痛みだそうですが、
帝王切開で子宮も切開しての収縮は、相当に痛いのだそうです。
看護士さんから、まだ投与できない、とNGをくらう早いタイミングで、
痛み止めを求めたことからも、痛みの程度が知れます。

今日から1週間の入院、痛みがおさまったら、せめてこの期間だけでも
ゆっくり休んで欲しいと思います。


新たな生命を育み世に出す偉業を成し遂げた妻に、
改めて、感謝と尊敬の意を。