4月23日(木)
今日は午後からエッセイ合評会があった。
今日の当番の方は男性で、今日で退会される方である。
他の方が当番のとき彼の批評を聞くと、合点のいくことばかりだった。
私が言われたことは、まず文章の結びが唐突すぎる。もっと優しい結び方を考えたほうがいい。と言うことだった。
確かに私の文章は読む人の心に『がつん』と届けたい。という思いが強すぎて、その段落でこの文章の末尾を意図せず壊すことがあったと思う。だが、意識して文末を壊すのとは少し違うのではないか。と考えるようになった一言でもあった。
私が参加して、まだ1周もしていないうちに彼の退会なので、彼の作品をもっと読みたかった思いが強くのこる。
この先どうするのかは直接聞いてないが、ほかのことに挑戦するつもりだそうだ。
隣に座る先輩に聞いてみると、彼は小説を書いているそうなので、その分野を深く追求していくのだろうと思う。
エッセイの内容はとても面白かった。他の方が形式的な文章や助詞の使い方を指摘されていなかったのは、彼の文章が上手だったからに他ならない。
先輩方は「よくわからないエッセイだった」と評された。しかし、私は彼と8歳違いであるが、その時代の彼の視点はものすごく理解した。
彼と4歳しか違わない社会人となっていた先輩。私とは8歳も違うのに、夢中になっていたあの時代をエッセイで蘇らせる。この時代って不思議な年代なのだなと思った。
それは戦後の時代ともいえるし、社会人として歩み始めた先輩と、青春時代真っただ中の彼と、まだ小学生だった私との感性の違いもあるに違いない。もし私が小学校低学年だったとしたら、そこまで楽しく読めていなかったのかもしれない。
『転』では、数十年私の心に引っかかっていたことを、文章で表現できていることがうれしくて仕方がなかった。私もこんな風に文章で表現できる日が来るのかしらと。
『結』においては、私が思っていた以上のことを、彼は心にとめて、真偽を含めての文章を書いていた。
と、未熟者の私がこんな批評をしても誰にも認められないかもしれないけれど・・・
先生の批評は、
壮大な始まりのエッセイだったので、壮大な終わり方をしてほしかった。
このエッセイを読んでも理解できないし、面白くなかった。
何を言いたいのかわからなかった。
私はまだまだ未熟なのだ・・・
でも、エッセイとは言えないかもしれないけれど、大変面白い作品でした。