つい最近、派遣法の改正が国会を通過しましたね。これにより企業側は、労働力をより使い捨てやすくなるのだと思われます。そのことに対して、別に良いと悪いとかはありません。状況はどんどん変化していきます。その状況変化に対して、「私はどうするのか」を考え、行動していく必要があると思っています。
では本題です。
先日のことですが、学生時代の友人と久々に会って、酒を飲んで飯を食ってきました。そこでびっくりしたのが、皆が皆ネガティブな話しばかりすることでした。学生時代では考えられないくらい、弱音ばかりの話です。よく出てきたワードは以下の通りです。
「もう(人生)終わってる」
「老後に向けて貯金を頑張るしかない」
「給料が安い」
「残業や休日出勤がしんどい」
こんなセリフがどんどん出てくる(笑)私としては、少々びっくりしました。友人達はそれなりの会社に勤めているのですが、話すことは愚痴しかない。かといって、私はそれを批判しようとも思いません。結局、その人の人生は、その人が生きるしかないのですから。
しかし、そこで友人たちの口から出た言葉というのは、現在の社会状況をよく表しているのだと思います。辛い仕事と残業と、少ない手取り収入。そしてそれらに対し、唯一できる対応手段として、生活費を切り詰めた上での貯蓄。いやはや、想像しただけでも辛いですね。でも実際、こういう人は多いのだと思います。
このような思いや感情を、「道徳の系譜」の中でニーチェは「ルサンチマン」と呼びました。
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少し長いですが、分かり易いようにウィキペディア先生に解説して頂きましょう(笑) - ★ニーチェによれば、ルサンチマンを持つ人とは「本来の『反動』、すなわち行動によって反応することが禁じられているので、単なる想像上の復讐によってその埋め合わせをつけるような徒輩」である
- ★ルサンチマンを持つ人は非常に受け身で、無力で、フラストレーションを溜めた状態にある。つまり、実際の行動をとるには社会的な制約があり、自身の無力を痛感している人である。そういう状態にあっては誰であっても、ルサンチマンを持つ状態に陥る。
- ★社会的に強者であれば、嫉妬や反感といった感情に主体的に行動することができるため、フラストレーションを克服することができ、そのため、仮にルサンチマンの状態に陥ったとしても、一時的なものでしかないとされる。
- ★反対に社会的な弱者はルサンチマンから逃れられない。フラストレーションをむしろ肯定し、何もできないことを正当化するようになる。社会的な価値観を否定したり、反転した解釈を行うようになる。こういった自分の陥っている状態を正当化しようとする願望こそ、奴隷精神の最大の特徴であるとする。
以上、ウィキペディア先生の引用終わり。
そして、ニーチェは「ルサンチマンの奴隷になってはいけない」と言います。現在、流行中の「ヘイトスピーチ」や「反知性主義」なども、溜まりにたまったルサンチマンから来ていることが容易に説明ができると思います。
同時代に生きている人々は何かしらのルサンチマンを持っている。もちろん、私も例外ではありません。しかし、その奴隷にならないよう、少しでも主体的に、1回限りの人生を生きていきたいと切に願うのです。
