彼が自分とどこか違うということに気がついたのは16歳の頃だった。

彼宛の手紙を勝手に開封したことは悪かったと思っている。

ただそれは単純な興味だった。

大学病院の名前の入った大きな封筒など見たことはなかったし、

自らの恋人である彼にそのようなものが届けば16歳の少女の興味を

引かぬわけがない。

しかもそれは隠されるように彼のかばんの奥底にあったので、なおさらだ。


中には一枚のワープロ打ちのA4サイズの紙と、細かい数値の書かれた

全国模試の結果通知用紙のようなものが入っていた。

その通知を取り出し眺めたところで後頭部に衝撃が走った。

一瞬つんのめった後驚いて振り向くと、無表情の彼が両手に

マグカップを持って立っていた。

膝は私をどついたであろうそのままの形維持されていた。

頭の中をさまざまな謝罪のための文言が行き交ったが、

口から出てきたのは実にシンプルなごめん、という単語だった。


「なにしてるん」


薄く、形のいい唇を開いて彼が言う。


「ごめん、勝手に見ちゃった」


回答を聞いて、彼は小さくため息をついて
私のとなりに腰をおろした。
きりんの描かれたマグカップが差し出される。

砂糖ひとつのアールグレイの香りがした。
彼は真っ白いマグカップに口をつけて静かに紅茶を飲んだ。

飴のような香りがする。いつも飽和ぎりぎりまで砂糖を使う彼の飲み物は

とてもじゃないがとてもじゃないが飲めない。


「ごめんね」


「いいよ。面白いモノでもないし」


「それで、これはなに?」


「なんか、検査の結果」


「なんの検査?」


「知ってた?おれ頭おかしいんだよ」


「知ってたけど」


「酷い」


君はケタケタと笑って私が手にしていた
紙をとって眺めた。


「これ、おれの頭のおかしさの度合い」


彼が指さした先には、


160以上測定不可能

とだけ書かれていた。


「なにそれ?じゃあ私はいくつ?」


「平均だと100だよ。多分おまえは100より上」


「私の頭がおかしいってこと?」


「多分おれよりおかしくないけどね」


「そう」


彼がなんだか悲しそうに見えたので
私はそれ以上言葉を続けなかった。



「思考が、溢れる、怖い」



昔彼がそう呟いたことと、

あのわけのわからない数値は関連しているのだろうか。


ただ、紅茶が甘かった。








彼は160以上測定不可能、私は124。

知能指数というものの存在について
知ったのはそれから二年後だった。


彼がいつも孤独だったことを知っていた。


天才だった彼もまた、苦しみ惑うひとりの少年だった。




彼のことを考えながら飲む紅茶は


ひどく甘く、苦い。



思考が、言葉が脳から溢れる、涙へとかたちを変える。






 遥













詩、短編で公開していく予定。


01 独りぼっちの天才
02 醜い貴方がいとおしい
03 孤独の狂気はどこまで生きるか
04 願い事を棄てた柩で私を殺して
05 素敵な愛のあがない方
06 荊の中で眠る美しき獣
07 神様は大変大変意地悪です
08 朽ちゆく愛を胃に収めて
09 白き手の埋葬者に祝福を
10 人を殺せる力をください


:お題配布:ロメア様