8月15日。
世間では終戦記念日ですが、
私にとっては父がこの世に産まれてくれた日です。
終戦のとき、父は5歳。
ということは、戦争の最中に産まれたということであり、
そんな時代に子どもを育てるというのは、
どれだけ大変だったか想像もできません。
祖父は目が悪かったとかで、戦争にはいっていませんでした。
でもこの頃、若くして亡くなっています。
だから祖父のことは田舎の家の仏壇の写真でしか知りません。
世間では終戦記念日ですが、
私にとっては父がこの世に産まれてくれた日です。
終戦のとき、父は5歳。
ということは、戦争の最中に産まれたということであり、
そんな時代に子どもを育てるというのは、
どれだけ大変だったか想像もできません。
祖父は目が悪かったとかで、戦争にはいっていませんでした。
でもこの頃、若くして亡くなっています。
だから祖父のことは田舎の家の仏壇の写真でしか知りません。
脳梗塞に2回も倒れ、一時は最悪の場合を覚悟しましたが、無事生還。
今でも、普通に生きているのが奇跡のようです。
道でばったり会った人に「まだ生きとったんか!(病状をきいて)てっきり・・・と思っとったわ。」
といわれたこともあったとか(笑)
といっても、歩くときには手を引くのが当たり前になってしまいました。
オムツも杖も本人が嫌がるので使っていません。
この年になって、父と手をつないで歩くことが増えるのは、
ちょっとくすぐったくもあります。
大きく骨ばって、真っ黒に日焼けしていた父の手は、
いつしか細くてつるんとして、白い手に変わっていました。
それでも、本人はいたって元気なつもりのようです。
お祝いの食事も何がいい?と聞いたら、「肉が食べたい」のだとか。
父やまだ小さい姪っ子をつれて、しかも大人数での外食となると大変なので、
弟宅でバーベキューをすることになりました。
この日は、夫と弟ふたりに焼き係をお願いして、
私と弟のお嫁ちゃんは、食べるほうに専念させてもらいました。
たまには、いいよね~(笑)
子ども達はいとこ同士で、駆け回っておりました♪
食事が終わってから、弟宅の近くにある森までお散歩にいってきました。
蚊にいっぱいかまれて帰ってきました(笑)
来年も、その次も、その次も・・・
こんな誕生日が続きますように。