あうみん生活 -24ページ目

あうみん生活

あうみんのとても簡単なしあわせ♪
難しい顔してても、ちょっとしたことで
すごくシアワセを感じちゃったりして、
私って簡単だなぁ~って思う。
それでも、すぐおちこんだりへたれたり。
だから常に・・・
肩のチカラをぬいて、目の前のヨロコビ発見♪

昨晩、隣町に住む友達が自分のアパートで放火があってねぇっと

少し興奮気味で連絡がありました。


なんでも、体調が悪く一日寝てすごして

夜9時すぎ1階の自動販売機にジュースを買いにいったところ

ゴミ置き場で2mの火柱がたっていたとか・・・

消防車を呼び大事には至らなかったようです。


怖い話だ~

それより、そのアパートには消火器の設置などもみあたらなく

非常ベルもならなかったとか・・・

管理が悪すぎるから、まともな建物に早く引っ越すことと

その友達自体、なんかついてないことが続いているので

げんかつぎではないですが、一度厄払いでもいっといたら?と

アドバイスしました。


そして今日・・・

近所の商店街で火事・・・・・

消防車がけたたましいのは認識してましたが、

煙の方向ではなかったので、

野次馬根性もださず・・・

先日の十三の飲み屋街の火事のように

古い建物ばかりという

商店街でもないのでせいぜいボヤでしょ・・・と

警戒なんてまったくしてなかったのですが

テレビを見てびっくりしてしまいました。


夕方お買い物にでてみると、

エリアの電源おとされ・・・つまり停電状態で

お店は閉店状態でした。


ひゃ~


昨年末、京都の知り合いの近くでも事件がおきて

知り合い自体は、マスコミ取材を受ける程度で

なんの影響もなかったのですが、

なんか、当事者ではないけど近いところでの事件多すぎ?


ものごとは、とらえ方ひとつで

私自身は自分のことを「ラッキーガール」って基本思ってて

昨日の怪我もたいしたことなさそうですし

今回も被害の当事者ではないので

「よかった~ご先祖さまが守ってくだってるんだわ~」

なーんて楽天的に思ってるのですが

厄払いいっとかないといけんのんは私かもしれんなぁ・・・

なんて思ってしまったのでした。

細っこい道で、後ろから来たバスが歩く私を先頭に渋滞・・・

うーん、このバスに乗りたいけど、
対向車がとぎれたら、バスに追い越されちゃう・・・
でも・・・もしかして間に合うかな?

バス停までちょっと走るか・・・

と思い立って走り始めたら10mも走らないうちに
くつがぬげそうになり・・・
次の瞬間・・・こけちゃったよ・・・

うーん・・・

歳とるとこけるときってスローモーションだねぇ

そして・・・すぐにすっくとたちあがれない。

転んだ私の隣をバスがおいこしていくも
バスは電柱やら、対向車やらでゆっくりなので
たちあがって
私もこけないようにゆっくり走っていったら
バスに乗れたよ。まっててくれたよ。
息を切らせてお礼を言って乗り込んだよ~

半分・・・何無理してんだろ?あきらめりゃいいのに・・・
でもね、間に合わなかったら、バス停でもっとみじめな気持ちになってると思う~

左肩にバックをかけ、コートを持っていたから
右うでからころんだんだけど、洋服はやぶれてないし
血もにじんでないんだけど
バスのイスにすわって、息がおちついて
そでをめくると、真っ赤に内出血・・・とほほ
ジーンズはいてるからわからないけど、
きっと両膝も同じようになってるのかな?

そのあと、じんじん膝もうでも痛むから
薬局に行って相談。
さっき転んだんだんだけど~

なんかうっすら体液はでてるけど
血がでてるわけじゃなく、洋服はやぶれてないし
洋服に血がついてるわけじゃないこと話すと
何もはらないほうがいい・・・という判断に。特に消毒も必要ないみたい。
痛みが続くようなら、骨に影響があるからそれは病院に行きなさい。
という判断・・・

結局、治癒力で治しましょう・・・ということになり、
薬局で買うもの何もありませんでした・・・。
一応帰ってオキシフルで拭いて終了。
保冷剤で冷やしたりもしました。

走って間に合わそうというのん・・・もうやめるべきですね。
つい走ってしまうのですが、だんだんリスクが大きいお年頃です。

photo:01



膝は思ったより軽かったです。
大きな赤たん
でも膝の曲げ伸ばしがツライ~

パリのピアノ工房のシルヴィーさんも、


シルヴィーさんのところで10年以上働いて今軽井沢に工房を構えた明子さんも


京都のマエストロお父さんも、今作られてるピアノを誉めない。


彼らがアンティークピアノを好んでいるのは単なる好みといえばそれまで。


でも、私もアンティークピアノに強い魅力を感じています。




数年前、パリの工房に伺ったとき


今のプレイエルピアノの工場を見に行ったけど、全然魅力的じゃなかったと


話していたし、一緒にプレイエルのショールームを見に行った後も


イマイチな表情だった。




私も新しいものよりシルヴィーさんの工房の戦前のピアノの方に魅力を感じてしまった。


私はわけもわからずそう感じていたのだけど


シルヴィーさんやマエストロお父さんは


修復をしながら、木材のよさ、その時代の人の仕事のよさをみてきている。




戦前と戦後のピアノづくりでは


あのスタンウェイですら戦後のものは、素材といい技術といい


いろいろ変化があり、やはり戦前のピアノのものづくりのすばらしさを


いろんなポイントをあげてみせてくれた。




それは時間を経てみえてくるところ。


ネジのよさ、ばねのよさ、木材のよさ・・・


響板の木目をどう使うか一台ずつ丁寧に考えられていて、


修復は作り手の意図を汲み取る仕事。


修復されるときにはじめて、最初のものづくりのよさがわかる。


だから、コスト管理で素材をおとしたり、


考えるべき細かいところを考えてなければ、それは修復段階で


あきらかにどこに手をぬいたかわかる。


残念なことに全てにおいて、戦前のピアノに軍配があがるようだ。






それで、戦前のピアノが一番ピアノづくりにおいていい仕事をしている・・・


という結論が私がとらえた認識。




ところが、そのおとうさんが珍しく新しいピアノメーカーを・・・誉めた!




「あんたは音楽のことがわかってない!」というお父さんは


私にいろんなビデオやCDを紹介してくれる・・・


そのなかで、見慣れないブランドのコンサートホールのピアノがあり


すごくなんだかいい感じがして


「おとうさん、このピアノっていいの?」ときいてみた・・・




ファツィオーリ




イタリアのピアノメーカーでなんと最近設立されたメーカーなのだ!


20年にも満たない。




とてもワクワクする・・・




思わずホームページをチェックすると、


「パリ左岸のピアノ工房」でも紹介されており、


そのくだりを紹介していた。




パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)/新潮社



¥2,160

Amazon.co.jp



あらゆる種類のピアノを調べ、演奏し、音響的特性を分析し、解体して、

それぞれのメーカーの考え方について議論した。

「わたしたちの出発点はけっして真似をしないということでした。

すでにある技術を利用し、それに新しいものを付け加えて、よりよいものにすることを目指したんです。

他人がすでに作っているものをコピーしても何にもなりませんからね」





家具工房だったファツィオーリが、あらゆる現在の学問や知識を駆使して


すばらしいピアノをつくっている・・・



http://fazioli.co.jp/manufacture/book.html



スタンウェイも初代は木こり。森の中から楽器になる木をみきわめることができたという。


そして、ピアノづくりをキッチンでしたのがスタンウェイの創設者。


すごくスピリチュアルな話だと思う。日本の宮大工が神社をたてるときの木を選ぶ以上の


みたてがあると思う。


西洋人はやっぱり・・・すごいよ!





西洋文化を取り入れ、さるまねして、商売のため大量生産した日本企業とはスタンス違いすぎる。


だけど、それで日本はケイザイ発展したから、さらに韓国や他のアジアが日本製品をさるまねして


日本においつけおいこせでいろんな製品つくってるのが今の世界なんだな・・・




だからマエストロおとうさんは、昨今の中国がつくる電化製品の粗悪さなどをとりあげる番組を見ながら


「日本も同じことしてきたやんか」と言う。


私もそう思う。ものづくりは時代に翻弄される。


そして現場をしり、実際のものをさわりつくっている技術者にたいして


西洋とアジアではあまりにも地位が低いというか・・・リスペクトがなさすぎると思う。


発光ダイオードを発明した人・・・そりゃ海外行くよ・・・みたいな・・・。




消費者は鋭い審美眼をもたなければ・・・と思う。とても難しいことだけど・・・


マスコミや商売人の仕込んだ


バカの一つ覚えではダメだ。




おっと・・・めちゃ説教臭く、えらそうだ・・・わたし。ごめん・・・あつくなってしまった。




とにかく今日はこのファツィオーリというピアノにとてもドキドキしている。




滋賀のホールがこのファツィオーリを置いていて


日本人はスタンウェイとベーゼンしか認識がないなか


すばらしいピアノに触れてほしいと、時間貸しで触れる機会も設けているという。


マエストロおとうさんの説明つきで見に行きたい・・・・





親子の問題を考える「不幸にする親」を読んでいたら、ちょうどテレビで映画「シャイン」をやっていて、「リトルダンサーズ」なども思い出し、親といってもいろいろ葛藤あるよなぁ・・・などと考えておりました。


シャイン ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]/角川書店
¥1,944
Amazon.co.jp

リトル・ダンサー コレクターズ・エディション [DVD]/角川ヘラルド・ピクチャーズ
不幸にする親
 

この本で印象的だったのは「信頼」と「コントロール」という概念。

この二つはまったくの反対語だそうで・・・

親子に限らず、いろんなところでおこるいじめとか、攻撃とか

ココロを傷つける問題は

相手を信頼できずコントロールしようとする気持ちから・・・だそうです。


「不健全なコントロール」を軸に、

傷つけられた側に気づき(コレがちょっと辛い)と

癒しのプログラムが紹介されているのですが

多かれ少なかれ、自分におきたこと、

友達の悩み、友達の子どもの悩み(友達のダンナさんが無用に厳しい)・・・

いろんなことにころがってるお話で・・・

どう距離感をとったり、フォローしたらいいものか・・・

気になってる方は参考になると思います。


最初から読むのは辛いかもなので

終章、7章、8章と読んでくと気持ちが楽になるかもしれません。


親と仲良くしたいと思いつつ、アクションをおこすたびに、

撃沈し傷ついてきた私としては、これからは無理をせず

上手に接触をたって、自分大事にするスイッチを教えてもらえた気がします。


わたしに何ひとつ悪意を持っていない数え切れない人たちによって貢献もされているとのこと・・・確かに捨てる神あれば拾う神あり・・・いろんな方に助けられてます。感謝です。


映画「シャイン」の主人公ピアニストは、
親の期待と嫉妬に翻弄されボロボロになってしまいます。
それでも、彼を救いたい人が次々に現れ、
それがうまくいかないことの連続なのですが
幸せを掴むと父親が現れます・・・でも、そこで・・・
みんながハッピーエンドではありませんが、いい映画です。




あらら~
気づいたら一週間もブログ書いてないですね。

で、いろいろ書きたいネタはあるのですが、
考えがまとまらず~
書くことを怠けてしまってます。

てへ

で、自分記録を一部~

・読書
ブログを読んだお友達から頂いた本をよみました。
読み進むのに、ちょっとしんどい時もあるけど、いい本です。
どうもありがとう。

・ピアノ
マエストロお父さんから、何度も繰り返し教えられてたにもかかわらず、
初めて聞いたように、気づいたことありまして、ピアノを弾くこと、演奏を見ることが楽しくなりました。

・人に会ったり
何年も会ってなかった友達に会って
美味しいもの食べたりしてます。

うーむ、こうやって書いてくと
なかなかの充実ぶりなんだが、
テンション低い私って一体何?
というのは単なる疲れ?春のせい?

もう一時だし~

テレビのマツコ面白いけど寝よ。うん。






http://www.bunpaku.or.jp/exhi_special.html

光の賛歌 印象派展を見に行ってきました。
photo:01



土日を避けましたが、人が多かった~
作品は東京富士美術館所蔵のものが多かったなぁ~
光は主に水の反射のことでした。木漏れ日とかもあるけど。
絵も素晴らしいですが、額縁もいいですねぇ~

鴨川の方へ行くと納涼床の準備がすでに始まっています。
photo:02


photo:03



南座では海老蔵さんの源氏物語が~
わーーー見たい~

この本を購入して読んだのは、もう3ヶ月ほど前で

ちょうどひと月ほどまえ、朝の番組でこの本と著者の精神科医が

紹介されていました。


先日、とても久しぶりに母親になじられる夢にうなされ

自分の声に驚いて起きまして

う~む、まだトラウマをひきづっているか~っと

やれやれ・・・と久しぶりにデパスなど飲んだのでした。


(017)母という病



¥842

Amazon.co.jp


トラウマなんてのは、多かれ少なかれ誰でも抱いているもので


この本によると、同じバイオレンスな親に育ったり


いじめられるといった辛い体験をしたところで、


その子のもつナントカって物質が多い少ないによって


傷つく子、へっちゃらな子、トラウマをひきずる人と


それぞれあるようです。



それにしても、日本という国は


金持ちであれ、貧乏であれ関係なく


とても親子間の問題が大きいのに


問題視されてない国だなぁっと思います。



昨今のニュースやドキュメントをみていると


親の過酷な暴力に逃げ場もなく、認識もなく、


耐えてしまっている人と


十分な愛情や親の犠牲を払ってまで甘やかされたにもかかわらず、ちょっとした挫折や


怒られたりする経験を


暴力だとかトラウマだとか大騒ぎしちゃう人と


ものすごく温度差が激しいように思います。


価値基準が定まってないというか・・・


で、どちらにしても幸福感を感じてるかというとううむ・・・。



http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3445_all.html



トラウマ治療について、クローズアップ現在で昨年末とりあげていたのですが


嫌なことを思い出して感情をつかさどる右の脳が興奮しているときは、


左の脳が働かず冷静な判断ができなくなるらしいので、


そのときは、指を日本たてて目の前で左右に動かし眼球運動をすることで


うつ状態をかなり軽減できるようです。



そして、うつ状態を解消できることで


生活保護や、精神障害者を減らすことができ


かなりの社会的損失を減らせる・・・というところまで話がいくあたり


ちょっと興味深く動画をみました。



私も自分の心とカラダの健康に気を配りたいと思います。


うつうつとして何も手につかないときは、眼球運動よさそうです。


でも、やっぱり元気って人からもらえるような気がする。



私はかなりの淋しがり屋なんだけど、


誰にもあってない、何もしてない・・・と自分を責めることが多いけど


本当にそうか?と考えてみると・・・そうでもない。


ラインでず~~~っと話してたりするし、


友達と会ってお茶したり、ランチしたりだってある。


今、本当に人間関係が希薄になり、まったく誰とも


コニュニケーションをとらないままの人いっぱいという


現状があるらしくて、それに耐えられるのも個人差かもしれないけど


私はもっと、人と会ってワイワイ楽しくやりたいよ~~って


貪欲にどこか思ってるとこがあるのかもしれないな。


きっとそれがかなったらかなったで、


一緒にすごす人の悪口とか愚痴とか


アタマのなかぐるぐるしてるのかもしれないけど(わがまま)



うつうつしたときは、眼球運動とこの本の言葉を思い出すようにしよう。



自分のココロを赤ん坊のように扱え。


平常心のレッスン (朝日新書)/朝日新聞出版



¥821

Amazon.co.jp


実は先日、気分転換に久しぶりにジョギングでかけたら


30分のうち10分も走ることができなくて


かえってきたときは、くたびれて気持ちがぐずぐずで


ひどくいじけた気分になっていたので、


わが心ながらやれやれ・・・って思ったのでした。


結局、ちょっと横になってごはん食べたら元気になったんですけどね。


一時期、なるべく毎日つづっていたブログですが、

このところかなりとびとびです。


というのも、やっぱりワイファイにしてとても

レスポンスが遅くなり、パソコンをたちあげることが少なくなりました。


そして、私はとにかく書くのんが遅い!

それでいて、書き始めると短くまとめるというの苦手で

思考もあわせてかなりの時間とエネルギーを使うのです。

そんな時間を最近は意図的に少なくしています。


というのも、どうもわたしのぐずぐずは

書いたり思考することより

単なる疲れだったり、動かないことで疑心暗鬼におちいってるケースが

多いかなと思い始めたからです。


みなさんのブログを見に行くときは

まとめて読ませていただくって感じです。

まめじゃなくてごめんなさい。

ワイファイなので、外にもってでることができるようになったので

アイポットタッチや、アイパットで読ませていただいてます。




ブログのコメントで

「楽しく読ませて頂きました」とか
「参考になります」とか
一瞬読むと嬉しいんだけど、別にブログを読んでなくても書ける言葉を並べて、
「私はこんなブログ書いてます」と自分のブログに誘導。
何か共通点でもあるのかと見に行くも、何の繋がりもなし。

なに?これ?ボット?
ブログに人呼んで儲けたいセオリー?
来てくれた人=読んでくれてる人のってわけじゃないんだなと当たり前だけど、そんなこと思います。
ちゃんと読んでくれてたらゴメンね。
でも、どこに共感してくれたん?ってわかんないコメントいらんから。

私を見て~!あんたには興味ないけど数欲しいのよね。私ってこんなに面白いし~

ま そんな気持ちなのかな?
それがブログにおけるプロモーションとか社交辞令とでも思ってるのかわからないけど
この手のコメントは「はいはーい頑張ってね~」と心にとなえ削除させて頂きますね。
LOFT茶屋町の入り口に
素敵な顔だし~
もぉ池田先生すごいな~
photo:01



先日テレビで昔の宝塚ベルばらやってたけど、セリフとか宝塚節で、池田先生の世界とは全く違うな~っと、宝塚舞台という型にベルばらをはめ込んだんやなぁっと今さらながら思ったのでした。
とはいえ、当時はビデオもない時代、宝塚ベルばらテレビで放送する日は朝からお手伝いして親のご機嫌をとった日を思い出しました。