ふと、昨年のパリの工房を思い出すことがこのところ多いです。
1ヶ月、工房で見学やお手伝いさせていただけて
本当に幸せだったなぁ~~~っと思い出すのです。
肩の力の抜けている工房の人たち。
ピアノの外装を磨く木工技術の陽気な家具職人(マエストロ)。
彼はオルガニストであり、飛行機のりであり・・・とてもひょうきん。
古いピアノやチェンバロの修復を本当に楽しそうにしている他の工房の方々。
決してお金持ちではないんだろうけど、とてもシアワセそう。
そして、日本から見学にきている調律師さん。
やりたいことが見つかった!と修復師の道を歩み始めた留学生。
パリで音楽家として活動している人々。
決してグレードの高くない日本のピアノを大切に大切に
修復し、使っているフランス人ファミリー。
本当にいろんな方にお会いできて幸せでした。
そして何より、フランスのピアノとの出会い。
師匠とも呼ぶべきA子さん。ピアノ工房のオーナー。
ピアノという概念というか審美眼というか
私のなかで大きく変化して、日本で私が調律師として働いていたときの
価値観やジレンマがくずれていきました。
日本の市場は閉鎖的で、
誰もが聞くメーカーのピアノ講師になろうと思ったら
そのメーカーのグランドピアノを買わないといけないという事実。
彼女は他のいろんなピアノとの出会いは皆無で
買ったピアノに特別な思い入れがあって買ったわけじゃないと話していました。
you tubeで、あるニュースの特集「捨てられていたピアノを修復」というのがあって見てみると
粗大ごみとしてピアノが山のように捨てられていました。
「ピアノ売ってちょうだい~~~」にもひっかからずこんなにも捨てられているとは・・・
本当にショックで・・・悲しくて悲しくて・・・
番組はそういうピアノを修復している工房をたたえているんだけど、
とにかく一生懸命売ってた(売らされていた)ピアノが
日本国内でこれだけ捨てられてるというのがショックでした。
でも・・・パリに行って知ったのは・・・本当は・・・・
こんなにもいろんな時代の音色や癖のピアノがあって、
彼ら(ピアノ)が決して博物館だけのものではないという
それどころか、今手を入れ販路さえ広げられれば
消えていかずにすむ、すばらしいピアノがたくさんあるという事実。
ピアノに対してのいとおしさとか好みとか
接し方とかが大きく私の中で変わりました。
パリでの生活にあこがれる私に
「調律できるのだから、それだけでも生活できるんじゃないかな?」
と言ってくださったり、
「力になるよ」と言ってくださった方がいたこと。
本当に本当にうれしかった。
残念なのは、私が思った以上にヘタレだったこと。
語学と四十肩と老眼。
帰ってからの私は本当に前に進んでない気がして
おちこむことも多くて・・・
語学も努力してるつもりなのに全然身につかないし、腕痛いし、
自分のピアノ修理するのも目見えない。腕あがらない。とほほほほ
それでも四十肩もよくなってきたし
老眼も光と老眼鏡さえあればダイジョウブってこともわかってきたし
(目さえちゃんと見えれば、手先は器用なようだ)
今は、iPhoneアプリのデザインを頼まれるという
それはそれでやりがいのある、発表できる場をもてる作業を
させていただいている。
欲張りかもしれないけど、
やっぱりピアノとかかわっていきたい。またパリにも行きたい。
動こう。うん。動こうと思ったが吉日。動きます。はい。
しつこいですが・・・・作ったアプリのご紹介・・・・

