ホルスト・ヴェッセル
右派活動家のチャーリー・カークがユタ州の大学で銃撃されて死亡したが、事件は「まるでホルスト・ヴェッセルみたいだな」と、トランプ政権とヒトラー政権の類似性を感じさせる不吉な経過を辿った。
そもそも右派の一活動家にすぎない人物の棺を副大統領が担いで専用機に乗せ、何の奉職も国家への貢献もない人物に大統領が自由勲章を贈るなど、アメリカはどこまで安っぽく腐った国になっていくのだろうか。
諸般の状況を見るに、この事件はおそらく当局のみでは犯人の逮捕は難しかったはずである。遺留品は少なく、映像記録も不鮮明だった。逮捕は犯行を疑った被疑者家族の告発によるものである。もし彼らが犯人隠避を決意したなら、逮捕はずっと先か、おそらく不可能だったと思われる。
※ 日本でもそうなのだが、警察が同じ映像を何度も使いまわしたり、犯人の着用していたシャツのメーカーとか靴紐の色だとか細かいことを言い始めたら、大方において捜査は行き詰まっていることが多い。
タイラー・ロビンソンが逮捕されるまでの二日間は、大統領を筆頭に要人の発言は当て推量と左派および民主党、あるいはLGBTQへの当てこすりのやり放題だった。この点で、いわゆるMAGAのシンパとされるロビンソン家はアメリカのナチ化を押し留めるのに決定的な役割を果たしたことになるが、もちろん彼らはそう思って息子を告発したわけではない。ユタ州の知事は「犯人は死刑」と公言し、無罪推定の原則がMAGAの世界では機能しないことを示した。
結局犯人は少し右派的傾向を持つ頭の良い22歳の青年でゲームで身を持ち崩して大学をドロップアウトし、電気工事士の大学に通っている学生だと分かった。問題は左派やLGBTQよりもロビンソン家の教育にありそうである。
容疑者とされるタイラー・ロビンソン
ただ、この家族については私も一言言いたいことがある。私が父親だったら、この状況で息子は絶対に売らないだろうからだ。ただ、自首するよう説得はすると思う。
たぶん、と、思うのだが、息子は確かに社会不適合者だが、父親の方は知力ではおそらく息子に追い越されかけていたのではないだろうか。だからといって何が変わるものでもないが、父となった男性にとって、負けを認めることは結構複雑な心境である。アッサリ認めることができる父もいるが、そうでない父もいる。前者の父ならおそらく息子は売らない。
事件直前のカークの主張についての家族の議論は、おそらくタイラーには満足行くようなものではなかった。息子はカークに潜在する危険性を鋭く見抜き、排除を主張したが、それを包摂しうる語彙と論理と説得性を父は持たなかった。あるいは、かなり前からそうだったのかもしれない。
こういう分析は国家にとっては些細なことだが、教育科学の知見としては探求の余地のあるものである。なので、とりあえず書いておく。
事件については、真相は二日で明らかになり、これ以上掘り下げようもない感じである。が、ナチ党員でチンピラ同士のケンカで命を落としたホルスト・ヴェッセルの死が準国歌(ホルスト・ヴェツセル・リード:現在のドイツでは演奏禁止)となったり、通りの名や師団や航空団の名として人口に膾炙して、ナチスの戦争を象徴する存在となったように、この事件がどう扱われるかは、今少し注視の必要がある。
たぶんそう思っていた者は誰もいないが、カークの死は民主党にやらしい誕生日カードを公開され、卑わいな「キミとボクのヒ・ミ・ツ」が文句としてあり、陰毛の位置に書かれたトランプのゲジゲジサインも相まって、後は現場写真を押さえるだけになっていたエプスタイン事件の隠れ蓑になったことはある。
これに対する応対は、民主党の面子は少なくともトランプ陣営よりは本は読んでいるだろうから、ホルスト・ヴェッセルくらい知っているだろう。ヴェッセル事件は死んだ党員を殉教者として祭り上げようとしたナチ党に共産党がムキになって反発したことから影響が拡大した。90年後も同じ手に乗るこたあない。
無視がいちばんであり、せいぜい「暴力は良くない」程度のコメントにとどめておき、細部には関心を示さず、挑発には乗らない方が賢明だろう。この事件については、私もこれくらいにしておく。