この所はウクライナをあまり取り上げていないが、実は今年の始めからトランプ政権成立に前後してウクライナの戦場は大きく様変わりしている。ドローンがますます重要な兵器となっているが、1月にロシアがクルスクで投入した光ファイバードローンは電波による通信距離がネックとなっていたドローンの飛行距離を飛躍的に伸ばし、これはウクライナ軍の補給線を寸断して同軍を撤退に追い込んだ。



 前年までドローンの飛程は実用的なレベルで1~3キロだったが、増加バッテリーを内蔵したファイバーリールを吊り下げたこのドローンは20キロ先まで進出でき、戦場における野戦築城や戦闘方法、交代要員の配置や兵站線などあらゆる要素に深刻な影響を及ぼしている。



 まず、戦車や装甲車といった重装甲の車両は両軍ともあまり見なくなった。現在のロシア戦車の損害は日数台のレベルであり、損失のない日さえある。これは車両の枯渇もあるが、ドローンが遠方まで進出して車両を破壊するようになったので、高額なこれらの兵器を用いる場面が激減したことがある。現在の戦線への移動手段はまず徒歩、次いで一般乗用車やオートバイである。

 戦線の様子も様変わりしており、迫撃砲や重機関銃陣地は急速に姿を消している。斥候も歩兵によるものはほぼなくなり、ドローンが代わりを務めている。さらに両軍とも土木技術を用いた大規模な要塞線は使われなくなり、周辺の地形に偽装した簡易陣地が用いられるようになっている。戦線の拡大により大要塞に配することのできる人員が相対的に少なくなり、また、人員のいない要塞はドローンや砲撃で簡単に無力化することがある。

 


※ 光ファイバーは案外軽く、一番細いもので1キロ/1万メートルほどである。つまり搭載量に影響しない。光ファイバーは同型品が電子機器のほか催事場のオブジェなどに用いられている。なお、一月遅れでウクライナ軍も同種のドローンを実戦投入した。上写真は両軍の放ったファイバーケーブルで作られた鳥の巣。

 

 塹壕線の長さは昨年までは数キロ単位だったが、現在は長くても30mくらいの陣地が主流である。塹壕の守備のため移動する部隊が狙われることがあり、一堡塁の人員は小隊以下、数人から十人以下となっている。休憩所も以前は前線から500メートル以内だったが、現在はより遠くに設置されている。はるか後方の訓練中の部隊が襲われるケースが多発したため、中隊規模での移動は前線でも訓練でも行われなくなっている。

 クルスクでウクライナ軍を下したロシア軍はスームィに侵攻したが、ウクライナ軍が構築したドローンを中心とする分厚い防御線に阻まれ、1ヶ月ほどの攻撃で攻勢は頓挫している。戦闘は大部隊同士の激突ではなく、こういったマイクロ陣地、マイクロ分隊による重層的衝突で、これまでとは様相が異なっている。

 

2023年におけるロシア要塞線図(BBC)

 

 一昨年におけるウクライナの反転攻勢は、ウクライナ軍の装備が現在のようなものなら、ウクライナは易々と三重に構築されたロシア要塞線を抜いただろう。ロシアも同程度の装備を備えていた場合は、そもそも試みられさえしなかっただろう。

 

※ トクマク市を中心にロシアが構築した要塞線は幅30キロのロシアが構築した要塞線としてはもっとも分厚いものだったが、今から見ると個々の堡塁に配された兵の数が少なく、薄く広く分散したために、戦闘が今のような様相なら突破されたものと思われる。それでも第二防衛線までは突破した。防御線の兵力は現在のポクロフスクは11万人だが、3万人ほどだったはずである。


 補給線については幹線道路など目に見えるようなものはもはや実用に堪えない。昼夜を問わない襲撃を受け、陣地への輜重品の搬送(そして帰路は負傷者の搬送)もドローンが用いられている。迫撃砲弾やロケット弾などは空中を飛ぶ大型ドローンが投下し、陸上を往くクローラードローンは水を運んでくる。ウクライナ軍はクルスクの橋頭堡を今だ維持しており、ドローンの進歩は従来の常識では信じられないような場所での抗戦を可能にしている。



 さらには無人ドローンの一小隊がロシア軍の堡塁を降伏させたことさえある。この戦闘ではドローン隊に加え、歩兵小隊が3個随行していたが、ドローンの攻撃のみで陣地は白旗を上げ、史上初の無人兵器による有人部隊の降伏となった。

 戦車や歩兵隊が前方を守らなくなったため、砲兵隊や対空ミサイル部隊は直接ドローンの攻撃を受けている。昨年(アウディウカ)まで戦場の大勢を決していたのは両軍の大口径砲による釣瓶撃ちだったが、第一次世界大戦以来初めて、大砲が戦場の女王の座から降りることになった。



 ここまでが今年に入ってからの戦場の変化である。戦場の急変から、たぶん両軍とも昨年までは有効と信じられていた計画の多くをスクラップにしなければならなくなった。またこの変化により、師団や航空団をチェスの駒のように動かし、数千キロの前線で対峙して反攻と突破の機会を伺う従来型のウォー・シミュレーション(兵棋演習)は転換を迫られている。

 

 なお、スパイダーウェブ作戦のせいで、「トップガン2」でも花形だった巡航ミサイルによる攻撃はほぼ途絶えている。極東の基地(エリソヴォ、アナデリ)からウクライナまで片道10時間掛かるからだ。

 “War strategy will focus not so much on capturing territory as on depleting the enemy’s resources and capabilities, creating chaos and ultimately eroding the nation’s capacity to resist,”

 “But by then, both demographic and economic constraints will make large-scale territorial warfare prohibitively expensive."

 “Half of winning is knowing what it looks like,”

(Valerii Zaluzhnyi, Ukraine's former commander-in-chief and current ambassador to Britain)

(訳)

「戦争戦略は領土を奪取することよりも、敵の資源と能力を枯渇させ、混乱を引き起こし、最終的に国家の抵抗能力を弱めることに重点が置かれるだろう。」

「しかし、その頃には、人口と経済の制約により、大規模な領土戦争は法外な費用がかかるものとなっているだろう。」

「勝利の半分は、それがどのようなものかを知ることだ。」

(ヴァレリー・ザルジニー、前ウクライナ軍総司令官、駐英大使)

 消耗戦というと、日本人には補給線の寸断で世界戦史でも稀に見る無残な敗戦を経験した太平洋戦争のトラウマがあり、ひたすら窮乏して国も人もボロボロになるまで戦い続けるというイメージがあるが、ザルジニーが提案しているのは「レジリエンス(回復力)」を基軸に置いた消耗戦である。元将軍は、①国家インフラの保護、②非対称戦術、③情報戦の3つをウクライナが抗戦しうる要素として提示している。

 “Large-scale attacks by autonomous swarms of cheap precision drones using entirely new navigation channels will destroy not only frontline personnel, weapons, and military equipment, but also the enemy’s critical economic and social infrastructure,”

 "The challenge is scaling successful innovations while protecting the infrastructure that keeps the country functioning."
 

(Zaluzhnyi, above)

(訳)

「全く新しいナビゲーションチャネルを使った安価な精密ドローンの自律的な群れによる大規模攻撃は、最前線の人員、武器、軍事装備を破壊するだけでなく、敵の重要な経済・社会インフラも破壊するだろう。」

「課題は、国の機能を支えるインフラを守りながら、成功するイノベーションを拡大することだ。」
 

(ザルジニー、上掲)

 元将軍の案はテクノロジーの進歩や財政状況を念頭に、最終的には戦争のコストにロシア国家が耐えられなくなるまで戦闘を続けるというものだが、現在までの様子だと、ロシア軍がキーウに辿り着くまでは70年掛かると言われている。よほどの技術革新がない限り、ロシアが現在の指導者の寿命を遥かに超えた年月を戦い抜けるとは考えにくい。戦線の膠着と先のNATO会議でアメリカを味方に引き込んだことにより、ロシアの敗戦はほぼ確実といえるものになったかも知れない。

 もっとも、ロシア側を見ると、彼らが心底恐れているのはテクノロジー戦争でウクライナに負けることではなさそうだ。

 “Society is probably afraid of its heroes who will return from the front. How to receive them, what to feed them with? It is clear what to feed them with. And not only and so much to feed, but to nourish. A little social preferences, redistributed from other social groups, and a lot of ideology. That same state-civilizational national-imperialism and the "Code of the Russian Man" - and more of it. You are great, spiritual, you do not need material things, the "elites" will eat well for you. And you are heroes, and that is enough.”

 “But will such a replacement of the material with the spiritual be able to calm the demobilized (in all senses) society? Will the Cold War, replacing the special operation, be enough to preserve sufficient elements of anti-Western mobilization?”

 “The inertial degradation of political, economic and social systems continues unabated, no matter how much you tighten the screws and frighten the population with external and internal enemies. And there is a complete lack of ideas about the future and an understanding of the goal-setting of the authorities and society. A long, unhappy, meaningless life.”

(Andrey Kolesnikov, columnist(Новая газета))

(訳)

「社会はおそらく、前線から帰還する英雄たちを恐れているだろう。彼らをどう迎え、何を与えれば良いのだろうか? 何を与えれば良いかは明白だ。そして、ただ食べさせるだけでなく、養う必要がある。他の社会集団から再分配された少数の社会的優遇措置と、大量のイデオロギー。国家文明主義、民族帝国主義、そして「ロシア人の規範」――そしてさらにそれ以上。あなたたちは偉大で、精神的に優れ、物質的なものは必要ない。「エリート」たちがあなたたちのために良い食事を与えてくれる。そしてあなたたちは英雄であり、それで十分だ。」

「しかし、物質的なものを精神的なものに置き換えることで、(あらゆる意味で)動員解除された社会を落ち着かせることができるのだろうか? 特殊作戦に取って代わる冷戦は、反西側動員の要素を十分に維持するのに十分だろうか?」

「政治、経済、社会システムの惰性的な劣化は、どれだけ締め付けを強め、内外の敵で国民を脅かしても、着実に続く。そして、未来への展望や、当局と社会の目標設定に対する理解は全く欠如している。長く、不幸で、無意味な人生だ。」

(アンドレイ・コレスニコフ、ノーヴァヤ・ガゼータ紙コラムニスト)

 ロシアは戦争に勝ちたいのではなく、止められないのである。何らかの形で休戦が成立したことによる社会不安は現体制にとっては存立を揺るがすものである。これまで掠め取ったウクライナの領土、戦闘により大半は廃墟になったドンバスは100万人の犠牲とそれに倍する帰還兵を養うのに十分ではない。また、侵略戦争を行ったロシアとの外交関係を西側諸国が回復させるとは考えにくい。

 間違いは2014年に始まった。プーチンの大統領就任は清新なリーダーを渇望していたロシア国民には歓迎されたが、その後のリーマン危機、シェールガス革命による原油価格の低落は資源偏重型のロシア経済を頭打ちにし、体制への不満が高まっていた。支持率回復を図ったクリミア危機によりロシアはG8からつまみ出され、ウクライナとの際限のない暗闘に突入し、格差は広まり経済はますます低迷した。

 経済の低迷と幾度かあった危機により出生率も低迷し、ウクライナで失った100万人はほぼ同国の出生数である。戦争は袋小路に陥り、おそらくこの倍の犠牲者を出したとしても、ロシアはウクライナに勝利し得ないだろう。

 

 "A greater threat to Putin’s war effort may lie in the economy. Defence spending now accounts for 40 percent of government expenditure. Drawing from the country’s National Wealth Fund has helped stimulate growth – for now. Yet the pivot to a war economy, coupled with sanctions, is creating distortions."

 "Labour shortages pushed wages up 18 percent last year. Interest rates have risen to 21 percent, deterring investment. Inflation is biting. The price of fruit and vegetables jumped 20 percent last year, straining households."

(James Rushton, journalist(The Telegraph),June 2025)

(訳)プーチン大統領の戦争遂行に対するより大きな脅威は、経済にあるかもしれない。国防費は現在、政府支出の40%を占めている。国家富裕基金(年金)からの資金引き出しは、今のところは経済成長の刺激に役立っている。しかし、制裁と相まって、戦時経済への転換は歪みを生み出している。

 労働力不足により、昨年の賃金は18%上昇しました。金利は21%に上昇し、投資を阻害しています。インフレは深刻化しています。果物と野菜の価格は昨年20%上昇し、家計を圧迫しています。

(ジェームズ・ラッシュトン、テレグラフ紙ジャーナリスト、2025年6月)
 

 物価については日本でも似たような症状が見られるのは、アベノミクスの推進で政府と日銀が一体化し、年金基金を運用するGPIFが市場に介入し、上場企業の株式を5~20%保有して準国有化し、寡占化の進行でイノベーションが損なわれ、加えてコロナ対策があったからである。なので、日本人には現在のロシアの苦境は賃金や金利を除けば(全く同じではないが)比較的イメージしやすいものになっている。こういうものを悪政というのだが、批判する者がいないことも両国は共通しているし、こういったものがいずれ頭打ちになり、長続きしないことも確かだ。その後は格差が拡大し、長く、不幸で、無意味な停滞が続くだろうことも共通している。