前にゼレンスキーとトランプの関係を仕送りを受ける学生と田舎の親に喩えたことがあったが、比喩なので故意に見逃した部分もあった。親がどんな人物かは問題にしなかったし、利口なのか愚かなのかについてもあえて論じなかった。あくまで「一般的な例」として視角を提供することが目的であった。
ウクライナ戦争それ自体についても、三年も見ているとこの戦争の奇妙さ、奇天烈さが目に付くことになる。当初、ヴィースバーデンのアメリカ人顧問団とザルジニー将軍はロシア軍が撤退を判断するタイミングを「戦傷者10万人」としていた。それだけ損失を受ければロシアは侵略を諦めて、和平交渉のチャンスがあるだろう。実際の所は、その年の損失は20万人であった。現在は95万人であるが、まだ終わる気配がない。
その上、30年遅れのショック・ドクトリン、この言葉自体死語になりつつあるが、50年間経済の見方が変わっていないドナルド・トランプが大統領になったことで、メディア界は精神汚染の場に変わり、およそこの戦争について、まとまった見通しを論ずることが難しいものになっている。ある知見をまとめて一定の立場を形成するには、まず状況を分析して自己の立ち位置を確認し、論理立てて周囲を説得する作業が不可欠であるが、その暇が与えられないのである。正論は断片的に、星屑のように分布している。
トランプについては後にするとして、ごく単純かつ平明にこの戦争を見ると、ストーカー(ロシア)に言い寄られている妙齢の娘(ウクライナ)という喩えができるかもしれない。我々は当然娘(ウクライ娘)の味方であるから、ここではストーカー(ロシ男)をどうやって追っ払うか、あるいはストーキングを諦めさせるかという視点になる。
ウクライ娘については、三年も経つと取れる対策はほぼ出尽くしていると言って良い。「世界の警察(アメリカ)」に通報したり、ボーイフレンドのEU男に交渉を頼んだり、ほか、防犯器具や護身術など、とにかくやれることはやっている。
従来の我々の視点というのは、おそらくこの見方だったと思う。ロシ男に対抗するのに「○○催涙スプレー(HIMARS)」とかスタンガン(F-16)の効用は論じても、ロシ男の事情はあまり考えていなかった。話し合いを求めたら強姦されてしまうこともある。ロシ男はストーカーを辞める条件として、ウクライ娘の男女交際禁止やデート強要、ロシ男への隷従などを求めている。呑めるわけないだろう。
さて、ここで考えなければいけないことは、ロシ男の行動はウクライ娘に対する憎悪ではなく、好意から来ているということである。他のボーイフレンド(NATO)との交際を禁ずるのも、ロシ男に対する偏見(ネオナチ)を放逐するよう求めるのも、動機は好意であって、破滅させることではない。ウクライ娘が恭順したら、彼は彼なりに彼女に良くしてやろうと努めるだろう。内容はともかくとして。
なんだこれ、結構現状を説明できているじゃないか。プーチンは当初キエフに入場したロシア軍はジャベリンミサイルではなく歓待されると思っていた。今でも思っているかもしれない。
こういった紛争の場合、紛争はロシ男のよこしまな野望、つまり劣情が持続する限り続く。95万人を犠牲にして、戦車1万台と装甲車2万台をスクラップにしても侵略に勤しむのは、それ自体ロシ男のウクライ娘に対する誠意であって、犠牲が大きければ大きいほど、それは誠意の証であり、彼にとってはそういう自分を尊ぶことはあっても、紛争を止めようなどとは思ってもいないのだ。
問題はロシア国民がこういったロシ男(プーチン)の熱情をどこまで共有しているかであるが、SVOに反発するまともなロシア人を成敗することに熱心なことは分かる。何だ、ますます似ているな、自分でも怖いほどだ。
ウクライナ側の見方では、ロシアのウクライナに対する野望は民族絶滅や思想改造を伴うもので、その源にあるのは際限ない憎悪としているが、上述の見方はその真逆である。憎まれているのではなく、愛されているから侵略されるのだ。そういう見方はなかったように思う。
紛争それ自体は忌々しいものという認識は、ロシ男も実は同じである。ウクライ娘に対する狂熱を除けば、ロシ男はそれなりに常識もあり、場合によっては教養さえあるかもしれない。踊り子エスメラルダに劣情する司祭が良い例だ。フロロ司祭は踊り子への執着を除けば謹厳な宗教者であり、良き隣人であった。なので、この紛争はロシ男にとっては(彼以外はそうではないか)必要悪である。
この紛争を止めさせる手段はないものか、今まで見たところでは、ウクライ娘を手助けするだけではどうもダメそうである。これで自衛はできるかもしれないが、ストーキングを止めさせることはできない。紛争を終焉するには、ロシ男の側に現在の状態が彼にとっても都合悪いもの、愛や自己犠牲を計算に入れたとしても、に、導くのが賢明である。そうなればロシ男は紛争を自発的に放棄し、ウクライ娘への働きかけは中断して距離を置くようになるだろう。
トランプ氏の働きかけは従来に比べれば斬新ではあったが、ロシ男に劣情を放棄させるには至っていないことは、すでに占領した領土の保持とか、原発とか、NATO不加入などを声高に主張していることで分かる。ウクライ娘は彼にとってはまだ価値のある相手であり、犠牲を払うのに値するものだという認識は変わっていない。もし、トランプ氏がロシ男の関心を他に向けることに成功していたなら、これらは要求しないはずのものだからだ。では、どうすべきか。
関心を逸らす方法は例えばウクライ娘より魅力的なリトアニ娘など、恋愛絡みのものである必要は無いように思う。例えば石油価格は現在でもロシアの生命線となるものだ。だからといって断てば良いというものでもない。ロシ男は困窮生活には慣れているので、それでは耐えるだけだからだ。むしろウクライ娘への熱情がさらに高まることさえ考えられる。
ゼレンスキーは自分がプーチンに嫌われていると考えているし、たぶんその通りだが、実は好かれていると考えてみても良いかもしれない。その戦略が欠けているなら、今からでも考慮すべきである。
さてこういうの、どうすれば良いのだろうね。私は恋愛経験は人並みより少ないか、むしろ貧しい方だし、上述のような状況になった男女が折り合う方法があるものかは思いつかない。ソフトランディング、つまり、一定の距離を置きつつ、礼節の範囲で二人が和解するのがおそらくいちばん理想的だが、これは現実の恋愛でもありそうにないシチュエーションである。
私よりもっとモテる人間で、男でも女でも男女や人間関係の機微に巧みな人間は、もっと良い解決策を考えてもらいたい。
より現実的なのは、やはり関心を逸らすことだろう。ロシアという国のあり方に根本的な変更が必要な状況が生じ、そのために紛争を整理する必要性が生じること、これこそがこの戦争を止揚するいちばんの処方箋だろう。革命がまず思い浮かぶが、プーチン体制ではまず不可能である。
例えば、戦争をやっている側の反対側、ロシアでは貧困地域の東シベリアや極東で有望な鉱山が見つかるとか、人口百万単位の大規模な開発を行うとか、あるいは経済特区を作るとかいうものはどうだろう。中国はプレセンスを増しており、そこでの発展はロシアにとっても悪い話ではないはずだ。新しい産業が創出され、経済が活性化すれば戦争などには魅力はなくなる。その点、トランプの提案も全部が間違っているわけではない。この場合、ウクライナとは和解しなくても良いが、それは仕方のないことだろう。
喩え話はあくまで喩えなので、何でもあてはまるわけではない。自ずと射程があり、限界がある。しかし、折りにつけ視点を変えることは、近視眼でバカ臭い宣伝が流布している、今のような時代では大事なことである。