先にAIについて書いたが、NYTの論説にハマス掃討におけるイスラエル当局のAI活用事例があり、具体例がさっそく出たようだ。ガザにおけるイスラエル軍の民間人無差別攻撃と包囲による飢餓戦術は国外だけでなく、イスラエル国内にも反発の声があるものだが、こういった蛮行の裏打ちに人工知能を緩解薬として用いていたのかと思うと、ネタニヤフほかイスラエル当局者の知性のなさと頭の悪さに溜息が出る。まったく、何とかとハサミは使いようである。

 記事によると、イスラエル当局がAIに与えた指令はハマス幹部の殺害と拉致された自国民の所在の確認のみだった。コーパスに情報部が傍受した膨大なアラビア語のセンテンスが用いられ、目標とする人物の言動や周囲の状況からターゲットの所在を高い精度で割り出すことが可能になったという。

 そういうことから、幹部の所在はともかく、人質については人数や生死が比較的早い段階から明らかになっていた。テクノロジーの効用というものだろう。

 AIは英語で駆動するので、アラビア語のニュアンスの翻訳にはイスラエル軍の経験者が介助的役割をした。こうしてイスラエル当局はハマス幹部の所在と人質の場合は生死を判定することが可能になった。同時にAIは世論調査も行い、攻撃行動が特にイスラエル国内に及ぼす影響をシミュレートした。多くの場合、ハマス幹部は人口密集地に潜伏しており、攻撃は付随的被害を伴うものと考えられたからである。

 人道上の問題を前に、ネタニヤフ政権の対応は知っての通りである。わずか一人か二人の幹部を殺害するために数百人の市民を犠牲にする作戦におけるエクスキューズのハードルは非常に低かった。イスラエルでは攻撃決定まで自動化する案も検討されたが、さすがにそれは思いとどまったらしい。

 なるほど、こういうことかと国際的非難も省みず、非道な市民虐殺を続けるイスラエルにも一分の理はあるということだが、殺害に10年掛かったオサマ・ビン・ラディンに比べれば、確かにハイペースで殺害しているともいえるが、精度が上がったのは1月のトランプの仲介以降である。停戦で後ろ手を縛られたハマスはイスラエルの再攻撃で複数の幹部を殺害された。

 なお、難民テントが爆撃され、人道支援に従事していたパキスタン赤新月社の隊員15名が殺害され、救急車ごと郊外の砂漠に埋められたのもこの頃である。当初イスラエルは赤色灯を付けて走行していたパキスタン救急車をテロ団と釈明していた。

 今取られている飢餓戦術も物資の流通経路を通じて敵幹部特定のための施策と考えれば、ある程度納得は行く。幹部は現地では権力者で、モノも情報もそこに集まるからだ。それをピンポイントで叩く。

 まったく大したものである。しかし、ラディンよりは早いとはいえ、犠牲の割に大した戦果も挙がっていないことも本当である。これがどの程度のものか、同様のシステムを用い、イエメンのフーシ派爆撃を行ったアメリカ軍を見れば見当は付く。確かチャットではヘクゼスらは特定の幹部を標的にしており、リアルタイムでも殺害したことを吹聴している。

 しかし、誰も死ななかったのである。巻き添えになったのは80人余の民間人で、「ミサイル担当者」など幹部は一人もいなかった。後で「経済基盤の破壊が目的だった」などと苦しい言い訳をしているが、高価な攻撃だった割に貧しい戦果である。アメリカのシステムがイスラエルより劣るということはたぶんないだろう。

 それにイスラエルの戦果も数人の幹部の殺害と引き換えに数万人の犠牲などとても褒められたものではない。AIを使わなかった方がマシだったのではないか。

 AIで特定された標的というものはもやのようなもので、補足する情報がない限り、そこに本当に幹部がいるのか、正しい標的なのかといったことは分からない。推論の過程が自動化されているわけで、今のところ最終決定は人間が行っているのだけど、大方において仕組みを理解しておらず、機械抜きで同様の結論に達する思考力もなく、何か精神安定剤のようなものとして、これを常用する政治家や経営者が今までにない害を引き起こす。

 今回は軍事の話だったが、たぶん、この技術は今後も進化して政策決定過程に入り込んではいくだろう。アメリカ退役軍人の専門誌である「ザ・ブルワーク(反トランプ)」には、「愚劣な戦争もあるが、愚劣な指導者も排除しなくてはならないのではないか」と問題提起がなされていたが、憲法学も単に政治的責任とか、政治裁量、事後的判断などといった言葉でお茶を濁すことは許されなくなっている。そして裁判は愚行の責任を取らせる装置としてあまりに遅すぎる。

 トランプ一味においては、イスラエルにも関与していたであろうイーロン・マスクがDOGE団での大量首切りに用いたことが知られている。これは勤続30年の真面目な人間を「無能」と言って斬り捨てる無能なアルゴリズムであった。オペレータも若輩者で、知能は高いだろうが憲法学や行政学のイロハも知らないような無智者揃いだった。トランプ用語で言うならば、これは「敗者」であり、「ゴミ」である。少なくとも私にはそういう者どもに見える。

 こんなもので満足できるというなら、用いる人間もその程度のものなのだろう。それが今は大統領の椅子に座っている。隠れた例は他にもあるはずで、今後も増えるはずだ。AIについては我々はその動作を知らなければならないが、一度システムを構築したとしてそれに思考停止することは、まだ許されないもののようである。