もうすぐ三ヶ月、順調に自壊コースを辿っているように見えるトランプ政権だが、そろそろ不協和音も聞こえ、関税問題におけるマスクとナバロ、イエメンにおけるウォルツなど閣僚の対立は政権の脳死が近いことを感じさせる。

 関税問題はおそらくトランプ政権としては最初の挫折だった。世論の非難により高関税政策は中国を除き撤回せざるを得なくなったが、私はこの案は余計な部分を除けばそう悪くなかったと考えている。

 

※ その「余計な部分」が問題である。

 そう言う理由はこれがシンプルな算式であることで、経済学者からは轟轟たる非難を浴びせられているが、そもそもこの人たちは「変わらないこと」に最大の価値を見出す人々である。体制派(今では違うが)とかガクシャとはそういうものだ。

 

ΔTi=(xi-mi)÷(ε×φ×mi)

 

ε×φ=1


 では、彼らの言う「うまく行っていた経済」は本当にそうだったのか。そうではあるまい。良かったのは指標だけで内実はボロボロだった。だからトランプが当選したのだ。それに各種の批判も良く見ると説得力を欠く。

 そもそも経済学の基本原理はシンプルである。需給曲線は交叉する二つの曲線で、ISバランスも簡単な足し算だ。トランプ・ナバロ式はそれらに比べれば複雑ではあるが、初等数学で理解できるものだ。理屈も簡単である。「ああ輸入が多すぎるな、(関税が高いから)他の国のものを買おう」くらいの話だ。

 貿易不均衡を調整するメカニズムにはほか為替取引があるが、これは投資家や当局によって頻繁に操作され、必ずしも実態を反映していないことは以前から指摘があった。トランプ関税の基礎になる数字はこれよりもずっと大きいもので、操作は事実上不可能で、結果的には投機や為替にも影響を及ぼすものだ。

 例えばある国がアメリカに対して100億ドルの黒字を抱えていたとして、輸出総額が200億ドルなら、関税率は25%になる。それを解消するため50億ドルの輸入または資本輸出をするとして、関税率は12.5%に下がるが、同時に通貨も下がるはずである。仮に100ディネーロ/ドルとして、修正後に110ディネーロ/ドルになったとすれば、トータルの投資は45億ドルと少なくて済み、アメリカで販売しているその国の製品は100ドルから90ドルに下がるのである。

 円高に苦しんでいた我が国日本が政府専用機やオスプレイを買うほか、他にどんなことをしていたか考えてもらいたい。工場を他の国に出し、国内の雇用を奪っていたのではなかったか。政府は金融立国だの知財産業だのとでたらめを並べ立て、その実何をして良いか誰も分からず(ガクシャもだ)、非常に多くの人間を失職や家庭崩壊の不幸に突き落としていたのではなかったか。

 

 そんな中で政府の人間や身分の保障されたガクシャだけがホッと胸を撫で下ろしていたのではなかったか。これはモラルの腐敗を生んだ。我が国では倫理(あるいは改革)を叫ぶ人間が実はいちばん人間的にも低劣で堕落していたのである。

※ いちばんひどいのが自動車で、対米輸出は30年前も30%だったが、今も30%である。日米構造協議や輸出自主規制で政府にさんざん迷惑を掛けておきながら、その後継者どもは全く反省のない体たらくである。

 

※ ブレトン・ウッズ体制が終焉した頃、東南アジアではASEANがあったが、日本はつまらない戦争責任問題で嫌気され、結局これに関与できなかった(後にプラス3などいくらかの関与はしたが、ASEANは本質的に先の戦争の被害国による日本外しの同盟である)。ここで贖罪を頑なに拒んだ、一部政治家や財界人の近視眼なナショナリズムの主張が長期的な国の利益を損ねた。

 100ドルで売っていたUFOラジオを90ドルで売ることができれば、競争力は回復する。工場を国外に出す必要はなくなり、それに応じた計画を立てることもできる。関税は予測可能なもので、計算に組み入れて対処可能なものだ。比較優位の原則もこれでは崩れない。つまりアメリカ人はコーヒーを飲むのに石油コーヒーを発明する必要はない。輸出国も国内への投資を考慮せざるを得なくなり、雇用は安定し、空洞化もなくなる。

※ ここでも関税を加味する必要があるが、100ドルのUFOラジオは是正前は125ドルで、是正後は102ドルになる。元値は10ドルしか下がらないが、関税を加味することで23ドル下げることができ、競争力はむしろ上がる。

 元はこういうものだったと思う、経済学というより政治学の知見に基づくように見えるが、ああいうものになってしまったのは、これは愚かな社長や上司のいる会社の社員なら身に沁みて理解していることと思うが、採用したトランプが提案を理解しておらず、自分の都合の良い部分だけを早合点して改悪したためである。こういう社長やコンサルタントは実に多い。

※ だからアドバイスは人を見て行う必要があるのである。ここで無学な「シャチョウ」に知識を授けることはキチガイに刃物を持たせることに等しい。アメリカ大統領を見ろ。

(改悪点その1)最低税率10%

 算式に従うならば、貿易均衡を適正に保っている国の関税はゼロでなければならない。例えばイギリスは8%の輸入超過(アメリカから見て黒字)だが、税率は10%に設定されている。これには合理的な根拠がない。対米貿易で赤字を出しているなら、むしろアメリカが優遇したり投資すべきだ。最低でも免税というのは当然のことだ。最低税率は10%ではなく、0%である。

 

※ 理不尽であっても税金を取るというのがトランプ式重商主義の基本的な考え方である。もちろん間違っており、彼の考えは国際貿易を逼塞させるものだ。税率はたぶん、元は0%だったのだろう。

(改悪点その2)恣意的な国別関税

 現在中国は145%の関税を課されているが、このうちトランプ式に従うものは35%で、残り110%は大統領令により恣意的に積み増しされたものである。これが害しかないことは明らかであるし、基本算式を上回る上乗せはメリットを帳消しにするものだろう。貿易不均衡を是正するメカニズムを組み込んだ関税計算を採用するなら、その他の税は廃さなくてはならない。

 

※ むしろ関税を国ごとに(好き勝手に)設定できることがトランプにとっては最大のチャームポイントだったのではないか。

(改悪点その3)中小国への配慮不足

 貿易均衡といっても、それを実現しうる経済力を持つのはある程度大きな国である。日本、EU、中国にはそれだけの経済力があるが、ニュースで取り上げられたレソトのようにジーンズくらいしか売り物のない国では均衡するほどアメリカ製品を買う余裕なく、無理をすれば先にウクライナに提案したような国の債務奴隷化のようなものになってしまうに違いない。少なくとも一定規模以下の国に対しては配慮すべきではなかったか。

(改悪点その4)移行期間ゼロ

 通常、こういった大きな政策の変更は移行期間を伴うものである。最低でも1年、できれば3年程度の猶予期間を置き、対策状況を見て施行するのが適切だが、この関税は発表から全くその様子は見られなかった。

※ 恣意的で自分勝手というトランプのスタイルからは当然のことである。

(改悪点その5)個別交渉の煩雑さ

 トランプは関税の導入で70カ国が交渉を求めてきたと得意満面だが、ディールといっても世界80カ国の交渉団に大統領がいちいち応接していたら任期がいくらあっても足りない。また、合意内容も国ごとに異なるなど公平性に問題がある。

 

(改悪点その6)定期的な見直しの欠如

 

 こういったものは定期的に見直して税率を再設定する必要があるが、輸入国の努力を見て、税率を見直す期限(年ごとないし四半期ごと)が設定されていない。

 以上、6つほど問題点を挙げたが、こういったものがなければ、トランプ・ナバロ式の関税政策は問題提起としてそれなりに有益なものであった。が、提案は良くても上司があれでば生きるものも生きないのである。トランプは余計なオプションを付け、提案を台無しにしてしまった。

 ちなみに、この政策に反対する論説ならあまた目にしているが、実を言うと数式を使い、論理的かつ整合的に批判を展開しているものはほとんどないのが実態である。ほとんどが「天が落ちてくる」式な、何もかもがアメリカの不幸といった論調だが、これはこれでトランプの低知性と同じく問題だと思う。私に言わせれば、パラメータの一つが変わるだけで、冷静に対処すれば影響などほとんどないのだ。

 冷静に対処できないのはトランプの用い方が横紙破りで無軌道であることで、これはガクシャの責任ではないし、提案のせいでもない。対処の時間が与えられないこともあるが、政策を実行するには政権の質が低すぎることがいちばんの問題だ。

 私は自他共に認める「リベラル」だが、真のリベラル(中道)とは、左右両翼から孤立して攻撃されることを覚悟しているものだ。別に私は○○先生がこういったから、はいそうですかというような単純な人間(バカ)ではない。私は基本的にトランプについてはやることなすこと不支持だが、今回の関税非難の大合唱には乗らないこととしたい。