以前に私はウクライナ戦争はトランプの大統領就任まで動かないと書いたが、政権発足後は一ヶ月目は混乱、三ヶ月目は造反、半年後は瓦解とも書いた。そろそろ一ヶ月が経つが、ガザのネタニヤフは早くも造反の動きがあり、予言が当たるのはとてもイヤなことだが、概ね予定通りのコースを辿っているようだ。

 ウクライナ戦争については、私はせめて戦闘だけでも停止してくれることを期待したが、ご祝儀で止めてくれたイスラエルはともかく、ウクライナではドンバスでもクルスクでも戦闘は止む気配はなく、戦死者は両軍合わせて一日二千人超えで、むしろ激しさを増している。トランプは両紛争に対してほぼ同じ時期、同じアプローチで交渉を持ちかけたはずだが、正反対の結果になっているのは、やはりこの政権の人材の不足、整理された頭脳の持ち主がいないことを指摘できることがある。

 「整理されていない」とあえて書くのは、ことトランプの交渉ぶりについては欧州もゼレンスキーも不満を漏らしているが、まだ本案の協議にすら入っていないことがある。イスラエルと異なる結果になっているのは、交渉に応じたプーチンがゼレンスキー政府の当事者適格、つまり和平交渉する資格に異議を唱えていることがあり、またトランプ政権がそれを真に受けて足を掬われていることがある。

 ロシアによると、2014年のマイダン革命は大統領逃亡の混乱に乗じた極右分子(ネオナチ)のクーデターで、以降のウクライナ政府は正式な政府ではなく、また、そのクーデター政府が復権させた2004年ウクライナ憲法でも、現在のゼレンスキー政権は任期切れで、2024年2月以降のウクライナには正式な国民代表はおらず、和平交渉したくても交渉する相手がいないということである。

 こういったものは法律の世界では訴訟要件という。被告(原告も同じ)になるならないの判断は職権調査事項で、国際関係では仲裁国がその判断をするものである。ロシア、ウクライナの思惑とは関わりなく、交渉途中でも審査でき、和平交渉の終了まで棚上げすることも可能である。これはトランプ政権が独自で判断できるはずのものであり、それでプーチンも文句のないもののはずである。

※ マイダン革命ではロシア以外の国は新政権を承認しており、それで10年以上外交や交易を続けてきたのだから、この判断は紋切り型で良かったはずのものである。ロシアが首服しなければ交渉の意思なしとして経済制裁すればそれで良かった。

※ 現在のロシアの経済は戦時ケインズ経済で、軍民両需が破綻したため、経済制裁の解除と大量の民需品は現在の同国には喉から手が出るほど欲しいものである。これは戦闘による死亡や兵器の喪失はあるが、それらと同等かそれ以上の切実さで、プーチンがトランプとの交渉に応じた理由の一つである。

※ その点、最初手の「原油封じ」で原油価格の下落を狙ったことでプーチンが血相を変え、これも交渉に応じる動機になったのだから、トランプ政権も悪手ばかりを打っていたわけではない。いつも着想は良いものの、その後のまずさで結果をフイにするのは、彼の場合は金正恩などあるが、ビジネスマン時代からそうである。

 仮に交渉の最中、ウクライナ憲法の規定と公定解釈に照らし、ゼレンスキー氏に当事者適格がないことが明らかになったとしても、交渉内容は新大統領に追認させることができるし、また瑕疵が甚だしければ時期を区切って補正させることも可能である。国際仲裁に当たるような熟練した外交官で整理された頭脳の持ち主なら、ここまでは容易に結論づけられるだろう。

 国務長官や副大統領バンスの言説がゼレンスキー氏を交渉対象に入れたり入れなかったりと猫の目のように変わっているのは、彼らが経験不足で、ロシアの言い分に惑わされて的確な判断ができなくなっていることを意味する。同じく交渉を持ちかけながら、結果がイスラエルと異なるものになっていることはロシアのせいではなく、トランプ政権の稚拙さのせいである。

 本案である和平交渉の内容、ドンバスの帰趨や戦時賠償をどうするかといった議論、あるいは経済制裁の解除については、トランプ政権は勢い込んで仲裁に乗り出したものの、まだ議論すら行われていないというのが本当のところである。

 

 トランプはディールを持ち出し、ゼレンスキーはそれに応じる姿勢を示したが、今のところプーチンを含む三者は各々の始発駅の切符売り場の自販機の前である。いや、プーチンとゼレンスキーは会場に着いているが、トランプ一人が財布を忘れてあたふたと家に舞い戻っている光景と言うべきか。

 長くなったので、本来協議すべき内容である本案については次回にしたい。事情がこういうものであるから、これまで見たような欧州やペスコフ、ゼレンスキーの発言は取るに足りない。まだその段階ではなく、今のそれは駅のキヨスクで天ぷらうどんを啜っている程度の話である。