トランプ政権については、以前に1ヶ月目は混乱、3ヶ月目は造反、半年後には瓦解と書いたが、概ねそんなような感じになっている。ウクライナ戦争については、プーチンもゼレンスキーもミスターUSAの歓心を買うのに必死だが、期待できるのはせいぜい停戦で、後は両者の話し合い、実の所は殴り合いで決裂するのが関の山という感じがする。
"Iron will and indomitable spirit are the strength of our army! The struggle continues! Glory to Ukraine!"
(Oleksandr Syrskyi, Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine)
(訳)「鉄の意志と不屈の精神こそが我が軍の強さだ! 闘いは続く! ウクライナに栄光あれ!」(オレクサンドル・シルシキー、ウクライナ軍総司令官)
最初の言葉はシルスキー(1/31のXツィート)だが、ウクライナ軍については報道で散々苦戦とか失陥とか脱走兵に戦意低下と報じられているが、実の所はこれが負けるとか降伏するといったことは信じられない様子である。シルスキーの戦術指揮と総力戦でウクライナ軍の戦闘技倆はかつてない向上を見せており、つい先日も北朝鮮派遣部隊1万人を退けたばかりだ。問題が指摘された調達や訓練も改善が進んでいる。ポフロフスクが陥ちても、この軍隊と国民は簡単には負けないだろう。
むしろ問題はトランプ政権の要望でゼレンスキー政権が法律で禁じられている25歳以下の徴兵を求められている件だが、徴兵を禁じていたことには人口構成上の理由がある。人口ピラミッドではこの世代は40代世代の半分の人口しかなく、徴兵は将来世代に深刻な悪影響を残すことがある。2023、24年は出生率の三倍の死亡率が報告されており、元々の出生率も低く、戦争前の社会も25歳までに成人して家庭を持てるような社会ではそもそもなかったのである。
そのため、隣国ロシアの体制変更は同国の強く望む所である。ここで停戦してロシアを退けたとしても、15~20年後には現在よりもさらに少ない兵力で対抗せざるを得なくなり、ロシアの侵略的傾向が変わらない限り、停戦はウクライナの国家衰亡を先延ばしするだけといったものになるからである。が、私個人の考えとしては、ロシアが大兵力を活かした歩兵戦に舵を切り始めたことで、この世代の徴兵は避けられないと考えている。
今のところ、ウクライナで戦っているのはロシアの辺境民、残りはロシアの債務奴隷と犯罪者たちである。人口のベースは三千万人とウクライナとほぼ同じで、この連中を相手に戦っている限り、ウクライナが今すぐ敗北して全面降伏という事態は考えにくい。プーチンは意図的にインフレを引き起こし、SVOに協賛する債務奴隷を増やしているが、数は多くなく、戦争は五月雨式に続く。
※ 報道によると現在のロシアサラ金の年利は300%である。処罰を受けるとその場でSVOに参加させられるという刑事司法が見られるようになっている。
"In other words, totalitarian governments need to be constantly fighting enemies in order to survive. Both Hitler and Putin made use of manufactured external and internal threats for internal use and to maintain their unlimited power."
(Valerii Zaluzhnyi, Ukraine's Ambassador to the UK, former Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine)
(訳)「言い換えれば、全体主義政権は生き残るために常に敵と戦わなければならない。ヒトラーもプーチンも、内部で利用し、無制限の権力を維持するために、作り出された外部および内部の脅威を利用したのだ。」
(ヴァレリー・ザルジニー、駐英ウクライナ大使、前ウクライナ軍総司令官)
上記の引用はザルジニー駐英大使(1/27、ウクラインスカ・プラウダ寄稿)だが、現場肌のシルスキーと違い、学際肌のこの元将軍はハンナ・アレントを引用しつつ、政権が戦争を続ける本質的理由を論述している。ナワリヌイの死はロシア内部に彼に対抗する勢力がいなくなったことを意味した。残るプーチンの敵はウクライナだけである。
が、戦うにしてもミスターUSAの国のように、必ず負ける相手では困ることがある。旧ソ連はSDI構想でレーガン政権に対抗する宇宙作戦を企図したが、その時でも連邦のGDPはアメリカの半分で、彼の国ロシアはもっと小さな国である。相手にできる敵もウクライナあたりがせいぜいで、もし彼の国がもっと金持ちなら、彼は辺境国などには見向きもせずに、カザフの平原で宇宙戦艦を建造していただろう。
ここには一つの示唆がある。もしも彼の国がかつての超大国と同等の規模で、現在と同じような体制であったなら、ふさわしい敵は別にいたということである。旧ソ連にとって、アフガニスタンでの悲惨な戦いは参加した兵士さえバツの悪さを感じるような国家の汚点であった。ベトナムや北朝鮮を支援した、超大国を向こうに回して遜色ない戦いならば彼らの誇りも満足しただろうが、中世国家のアフガニスタンは彼らにとっては知名度不足、役者不足だったのである。しかも負けた。
「勲章は売っていない」
アフガニスタンの戦いがいかにバツが悪かったか、ロシア国民なら恥じ入らずにはいられない旧ソ連時代の歌。
プーチンがチェチェンやアゼルバイジャン、グルシアやウクライナまで、注目度の低い戦争ばかり戦っていたのは、彼にはそれしかできないからである。このプーチンとロシア国民の屈折した感情が、この戦争がしつこく続く根本原因である。
かつてのロシア帝国の皇帝も、自慢していたのは当時の世界最強国家、大英帝国に繋がる血統を持っていたことであり、ギリシャ国やなんとか・ハン国のそれではなかった。この点は先祖に中国の皇帝や朝鮮王朝があることに特に感慨を感じない、むしろ排斥し、皇室の血統を外国に求める必要のなかった我が国からは奇妙に見えるし、ロシアでそれが国民に支持された理由も分からないものである。
ソ連崩壊後の経過からして、民主主義の実験が早い段階で頓挫したように、プーチン後のロシアが欧米張りの国民国家になる可能性はあまり高くないと考えられる。原爆まで落とされた世界戦史でも指折りの悲惨な敗戦を経験した我が国さえ、欧米化された国家観や価値観が、望ましくないとされた以前のそれに全面的に取って代わったわけではなかったことがある。ロシアはロシアであり、今後とも独自の国家観を維持しつつ、存在していく国である。それとどう折り合うか。
"Let lies cover everything, let lies rule everything, but let us insist on the smallest thing: let them rule not through me!"
(Aleksandr Isayevich Solzhenitsyn, Novelist, essayist, historian)
(訳)「嘘がすべてを覆い、嘘がすべてを支配しても構わない。しかし、最も小さなことにこだわろう。嘘が私を支配しないように!」
(アレクサンドル・イサエヴィチ・ソルジェニーツィン、小説家、随筆家、歴史家)
最後はノーバヤ・ガゼータ紙(1/29)からの引用、情報を取るに際し、今のご時世だから私もネットが中心だが、普通の新聞の記事や傾向の違う新聞社の記事も読むようにしている。Yahoo!ニュースなどAIが選定した記事は偏る傾向があり、ツイッターXなどは特にそうで、そういう関与のない普通の新聞は清涼剤になるのである。
ノーバヤ・ガゼータ紙はゴルバチョフの出資でムラトフ氏が創設したモスクワの新聞社で、氏自身もノーベル平和賞を受賞している。プーチン政権下では活動は決定的に逼塞され、氏も外国代理人の指名を受けたが、活動の場をネットに移し、現在も情報を発信し続けている。プーチン政権に取っては目の上のたんこぶのような新聞社である。設立国の性質上、速報性は皆無に等しいが、論説の重厚さはNYタイムズなど世界的にも著名な新聞社を凌ぐものである。私も時折参照している。
件の文章はソルジェニーツィンだが、記事はSVOを巡りロシア社会に漠然と覆う不安を心理療法士が述べたものである。嘘と欺瞞が平然とはびこる社会において、あからさまな悪に加担しないようにするにはどうしたらよいか、改革を標榜し、その実は私益を図る人間に利用されないようにするにはどうすべきか、その心構えについて述べた一文である。なお、同じ論説には次のような一文もある。
“From my experience, even just comments on social media can sometimes be a great support for someone who feels isolated and whom you have never met in person.”
(Andrey Gronsky, psychotherapist)
(訳)「私の経験から言うと、ソーシャルメディア上のコメントだけでも、孤独を感じている人や直接会ったことのない人にとっては大きな支えになることがあります。」
(アンドレイ・グロンスキー、心理療法士)
私も別に無意味なことをしているわけではない。