自身の事業の資金ショートで月に行きそびれた事業家の前澤友作氏が今の経済が左前なのは「国民が悪い」とのたまい、多少話題になった件があるが、彼の持論によると、一人が10%余分に買い物すればGDPも10%成長し、経済が潤うという話で、「経済はムードである」という話であるが、どこかおかしいと感じるのは、そもそも同じ品物、同じサービスを彼のような資本家の都合で以前の10%高で買わなければならない義理も道理も国民にはないということである。
普通はこういう場合は自由競争の原理が働く。前澤ZOZOが物品を10%高売りすれば、追従する者もあるだろうが、抜け駆けする人間が必ずおり、値上げしない、もしくは値下げしてZOZOシェアを奪うというのがいちばんありそうな話である。ただ、最近の日本ではあまり機能していない。
機能しない理由の一はまず規制が多く通達行政で市場競争のスタートラインに立てる業者が限られるということと、そこにIT技術など市場の流動化を押し進める技術が加わり、それがまた寡占状態でさらに限られるということである。
規制それ自体の性質もある。例えば同じ商品でも「機能性表示食品」とか「消費者庁認定」の文字が加われば高く売ることができ、利ざやを改善できることは誰でも知っている。最近はこれに消費者アンケートが加わり、資本家は権威付けに熱心である。もちろんそのコストは消費者が負担する。
IT技術については、スーパーに導入されているPOSシステムは価格の変更をキーボード一つで可能にしている。以前なら棚卸しして一枚一枚ラベルを貼っていたものが瞬時に変更できるわけであり、このせいでジャガイモは水曜日には安く、金曜日には高くなるのである。「物価が高い」上に、多くの消費者は「一番高い時に」買わされているのである。
自由競争といったって、ざっと挙げてこれだけの障害がある。これで市場競争しろといったって、低調なのは当たり前で、まず競争条件を整えることから始めるべきだろう。が、そこにも陥穽がある。
安倍時代の名物に「黒田バズーカ」という市場操作策があったが、主として年金資金を原資に国が買い漁った株式には優良企業のものが多くある。上場企業はほぼ全てが影響下にあると見て良く、大株主の欄に信託とかマスタートラストとかの文字を見たら合算すれば、これで奴らの覚えのめでたさを測ることができる。概ね12%前後、日産みたいに信用できない会社は6%ほどで、鴻海に買われたシャープなどは無保有か3%以下くらいである。安倍政権は株を買い漁ることで経済の準国有化を進めたのである。
これだけのシェアの株式があれば当然役員を送り込むことができる。天下りも一人ならさほど手強くもないが、概して集団でやってくる。そうなればその企業は乗っ取られたも同然だ。自社に都合の良い規制を作ってもらう代わりに、自身では八百屋すら経営したことのない経営オンチの官僚により、先見性を失い、機動性を失い、社員の士気も失う。会社としては死んだも同然だ。
だから先の前澤氏の言葉は、「さまざまな方法で国民に10%負担させる」という論法になるのである。市場経済の増進は本来は効率性と革新性によってなされるべきであるが、彼の論法ではラーメン一杯千百円の値上げラッシュが善になるのである。
その結果、無辜の国民は時間も奪われる。10%余分に支払わなければならないことで10%余分な時間働かなければならないことになり、一日は24時間しかないことから、労働時間8時間の価値は7時間になり、1,000時間必要な商品の実用化には1,100時間が必要になるのである。
我ながら悪いことばかり書いていると思えるが、そうなるとしか思えないのだから仕方がない。これでは政府は共産主義でも民間においては比較的自由で活力のある中国には敵わないだろう。
アメリカでハリス候補が敗れた理由には、かつてオバマ政権が提示したリベラルの理想が現実においては齟齬を来していたという認識がある。制度は機能せず、オバマケアの保険金は給付されなかった。多様性の尊重は一部では文化破壊運動になり、それは住みにくい社会であった。そしてウクライナ戦争においては外交においても脆弱性を露呈した。法と秩序と倫理の美しい世界は人間性を失っていたのである。裕福な生まれで、マイノリティではあるがハーバード大学に進学したオバマはそれに気づかなかった。
トランプの移民排斥運動は各界で苦言を呈されているが、その言い分もやや見苦しい。ミートパッカーやアマゾン配達員など低賃金労働に従事する不法移民者がいなくなれば経済はマヒするというものであるが、もっとひどい例は医療現場だが、他国の人間を牛馬のように使って得た繁栄は擁護に値するものなのか。
アフガニスタンにしても、擁立されたのはアメリカかぶれの人物で、良質な雇用先は全てアメリカ企業に関連するものだった。内戦で疲弊した国の復興に充てられる能力のある人材は全て外国企業に吸い上げられ、自国ではない他国の「国益」に奉仕される姿を横目にタリバンが勢力を伸ばしたのである。
ロシアにしても、グローバル経済では二流の構成員で、資源をダシに利用ばかりされる姿が冷戦後のこの国の姿だった。アメリカ人のお家芸であるダブルスタンダード、屈従の光景が、誇り高い国民に静かな怒りを醸成したことは想像に難くない。プーチンが戦争を仕掛けるにしても動機がある。
我が国においてはどうか、なるほどインバウンドで外国人が大挙来訪し、観光産業はそれなりの収益を上げてはいる。が、この観光産業というもの、我が国でも格別に旧弊な業界で、ホテル経営者がウハウハと大金を稼いでいる下で、保険や年金すらまともに積んでもらえない使い捨て、低賃金の日本人、外国人労働者がごまんといるのである。
それに観光が目玉になるというなら、なぜ日本人に欧米人と同じバカンスと長期休暇を与えようとしないのか。今のところ平日に旅行しているのは年金生活者ばかりである。インバウンドとは日本人が外国人観光客の奴隷になることか。
つらつらと書いたが、時勢を考えるにあたっては、我々も仕入れ値と曜日に合わせて価格を自在に変えられるPOS店長と同じ柔軟性が必要である。二百年前の古道具だが、これは消費者に対してアンフェアであるから、機械化税は検討の余地はあるのではないか。IT化された株式市場ではキャピタルゲインに対する課税も再考の余地があるのではないか。そして拠点を無税地に自在に移すグローバル企業に対しては、トランプ同様の関税が有効なのではないか。施策に当たっては、イデオロギーに囚われない発想が必要だろう。
とにかく、政府が言ったから、大手企業が足並み揃えてそう言ったからで「○月から千品目値上げ」といったニュースには辟易する。この国が自由経済の国でないことを自白しているようなもので、そんなものを「はいそうですか」と認める国民もろくなものではない。そう感じる昨今である。
産業を奮い立たせたければ、調達コストは安くする必要がある。IT産業も初期の先駆者たちが投じたコストはほとんどタダか、取るに足らないようなものだった。安くなければ発明はできないのであり、発明ができなければ付加価値は生まれない。発明にはしょぼいものも偉大なものもあるが、とにかく、1+1>2にするのは人間の創意工夫なのである。
ビル・ゲイツはアルテア(当時のマイコン)をタダで入手したし、スティーブ・ジョブスもインテルのチップは格安で入手したものである。いずれにしろ、当時の彼らには多額の投資を求められても応じる資力がなかった。アマゾンやフェイスブックに至っては最初期に必要としたものはテキストエディタだけである。低コストは時間を生み、時間は新たな発明に繋がる。しかし、前澤ZOZO商店に10%余分な金を支払う愚行は、見かけの増収増益以外は、なにものをも生み出すことはないだろう。
価値=時間としたのはマルクスの価値論であるが、百年以上前の古道具と言わず、ここは原理原則に立ち戻り、使えるものは使うべきなのである。