20日にトランプ大統領が就任したが、パリ協定脱退、犯罪者1,600人恩赦など派手な行状とは裏腹に、24時間以内に解決すると豪語していたウクライナ戦争については一言もなく、プーチンは交渉に前向きという話だが、提示した条件はウクライナ全面降伏で、これも話にならない感じである。100以上の大統領令には全ての対外援助プログラムの90日間停止が含まれており、ウクライナがそれに含まれるのかは定かではないが、最悪のケースを想定しておいた方が良いかもしれない。

 ただ、昨年もねじれ議会による援助停止が戦況を危機的なものにしたが、90日くらいの援助停止なら耐え忍べそうな様子はある。各戦線ではロシア軍はポクロフスク、ヴェリカ・ノボロシカ、トレツクにチャシフ・ヤールの各都市を包囲しそうな様子だが、それ自体は前からあるもので、それが遅々として進まないのは、自動車戦力と砲弾が不足しているためである。北朝鮮式の切り込み戦術は各戦線でロシア軍を前進させたが、そのペースはひどく緩慢なものである。キーウにまで迫った当初のロシア軍ならば、これらの都市はすでに陥ちていただろう。払底したBMP装甲車に代わり、今のロシア軍が使っているのは普通乗用車とオートバイである。

 それに損失もバカにならない。現在のロシア軍は1日1,500人のペースで人員を失っているが、このペースだと月でおよそ5万人、年だと60万人を失うことになる。60万人といえば2022年以降現在までのロシア軍の損失にほぼ等しい。ロシアの人口は1.4億人で、それだけ見るならば損失率は0.4%だが、現在ウクライナに派遣されている兵士の出身はロシアでも低賃金地域の東部やシベリアで、ここの人口だけだと2千万人ほどなので、それで見ると3%、出生率換算だと全ロシアの年間出生数は200万人なので、該地域は30万人と、すでに出生数の2倍の住民を戦死させていることが分かる。

 首都モスクワを含むロシアで総力戦体制が取られていたならば、ロシアの人口とGDPはウクライナを圧倒するので、最終的には人海戦術で勝利を収めることはできるだろう。が、どう見てもそのようには見えないし、プーチンにそれだけの政治力があるようにも見えないことがある。人口の多い地域は戦争の影響を受けていないように見え、経済制裁の影響で失われた戦車、航空機の生産も軌道に乗っていない。

 ウクライナはすでに80万人を徴兵しており、徴兵対象年齢でない25歳以下を徴ずれば、兵員数でもロシア軍を上回る可能性がある。この状況では私はトランプ政権の国務長官と意見は同じである。今からでも兵力を増やし、ロシア軍を国内から追い出すべきだ。ウクライナが追い詰められているように見える今が若者を徴兵し、反撃するチャンスである。

 トランプの和平案については、どちらの側も半信半疑だが、ウクライナはNATO加盟とは別に外国軍隊を駐留させ、ロシア軍に対する牽制としたいようである。これはプーチンが最も嫌うシナリオで、そのためにウクライナ戦争を起こしたとさえいえるものだが、駐留軍といっても準NATO軍くらいのものでないと牽制にもならないことがある。アメリカ軍が理想的だが、どうも難しそうなことは見れば分かる話である。トランプの気まぐれに期待するしかない。

 イーロン・マスクの影響力は、この戦争ではやや過大評価されている可能性がある。バイデン政権の置き土産でドローン開発における米テック企業の協力が明らかになり、一昨年以降急速に進歩したウクライナドローンの開発に膨大な予算(23億ドル)が投じられたことが明らかになった。この分野にマスクの名はなく、ウクライナに対する米国の支援は表沙汰になっているものよりかなり複雑なもののようである。F-16戦闘機やエイブラムズ戦車は政治問題化し、投入にも時間が掛かったが、ドローンについてはバイデン政権を批判する共和党もトランプもほとんど無関心だったようだ。ロシアはランセット以降はめぼしい機種を開発していない。

 トランプ政権については、前回の様子を見ると1月目で混乱、3月目に閣僚が辞任し始め、半年後にほぼ瓦解という感じもする。前回の教訓から学んでいなければそうなるだろう。私としてはこの政権は戦争さえ止めてくれればよく、後はデタラメで一向に構わないが、あまり期待しない方が良いかもしれない。

 ゼレンスキーはダボス会議に出席して世界の指導者、経済リーダーと懇談し、講演も行うという話である。この東欧の一小国の元コメディアンは順調に人脈を拡げているが、ダボス会議はロシアは2022年以降出入り禁止である。戦況も思わしくないことから、誰に味方すれば良いのかはトランプでも分かると思うが、分からないかもしれない。
 

 

(補記)プーチンの汎ドニエストルいじめ

 

 ウクライナの隣国モルドバの一部で、ソ連崩壊時にロシア軍部隊が居残って人民共和国化した汎ドニエストル地方はロシアがクリミアの次に喉から手が出るほど欲しい港湾都市オデッサのすぐ西で、今回の戦争でも呼応して蜂起する可能性は我が国でも一部国際政治学者が指摘していた。が、これは過剰な期待というもので、ソ連崩壊から30年、地域の存立は専らロシアからの送金に依存し、装備も古く高齢化したこの軍団がウクライナに対抗して蜂起する可能性はほぼなかった。

 

 これが再びクローズアップされたのが最近で、何を思ったかロシアが突然パイプラインを止め、住民が電力不足、ガス不足の塗炭状態に陥ったことがある。モルドバ政府は援助を申し出たが、ソ連崩壊で時が止まっているドニエストル指導者はパイプライン停止は外国の陰謀と取り合わなかったことがある。おかげで今冬は住民は電気なし暖房なし食糧なしの悲惨な生活で、人道上ウクライナ政府も援助を申し出たが、プーチンの深謀遠慮はここでウクライナにドニエストルを助けさせ、ウクライナとモルドバのEU加盟を阻止することにあったようである。誰が言い出したか、EU加盟の条件としてウクライナはモルドバとセットで加入する必要があり、非公認軍事政権のドニエストルとの関わりはその可能性を無にするものということらしい。

 

 もちろんこんな策略は奏功せず、結局プーチンがパイプラインの元栓を開いてドニエストルを救ったが、ドニエストル指導者の頑迷さはモルドバとウクライナに挙手傍観以外の選択肢を与えなかったし、これがEU加盟の障害になるという議論も怪しいものである。たぶんドイツに拠点を持つロシアメディアのフェイクニュースだろう。思いつきのような策謀の犠牲になり、ひもじい思いをした住民こそ良い面の皮である。

 

 こういった策を弄すること自体、前線でのロシア軍がかなり苦しい状況にあることの証左となる。ウクライナはもちろん苦しいが、少なくとも指導者はダボス会議に出席する余裕がある。おそらくあらゆる指標でレッドアラートが点り、プーチンとしても何とかしたいものなのだろう。

 

 で、こういう場合、場末軍事政権の次くらいに目を付けられるのが我が日本である。例によって怪しげな秋波を送っているように見えるが、策謀などせず、さっさと戦争を止めれば良いものをと思うのは、私だけではないだろう。