当選したものの、また雲行きが怪しくなっている兵庫県知事選だが、上記の記事を読むといくつか示唆に富む点がある。

1.前の選挙が問題(維新vs自民)

 斉藤が勝利した原因の一つはその前の選挙(2021年)で斉藤を支持した県民のイナーシャ(惰性)が少なからずあったことがある。先代、先々代の兵庫県知事は教養があり、人品骨柄も良く、官僚としても斉藤より格上(井戸:審議官(部長相当)、斉藤:理事官(主任・係長相当)で3ランク違う)で、これといって問題のある人物には見えなかったが、ケレン味のない分、面白みもなかった。井戸県政の時代には維新との対立があったが、隣接する大阪における集団精神錯乱(維新)と怪気炎もあり、堅実な官僚知事に県民が飽きたということがある。

 維新はインチキ政党だが、とりあえず改革を標榜しており、それが支持する斉藤は65歳の井戸の後継候補、金沢和夫よりも若く溌剌とした候補に見えたことがある。維新が勝った選挙の結果は書くでもないが、この有権者個々における「成功体験」が斉藤勝利の原動力の一つとなったことがあり、おそらくは最大の原因であろう

 民衆というのは得てして愚鈍で、考えることも情報を集めることも倦怠するものである。特に日本では一度投票した若い知事への支持はパワハラや少女売春ごときのスキャンダルで揺らぐことはなく、あの扇動屋立花のNHK党による「パワハラはなかった」論が染み渡るにしても、兵庫県民には嬉々としてそれを受け容れる素地が元々あったことがある。

※ 虚栄心とか羞恥心といったごく素朴な感情に訴えるものである。

 インフルエンサーを通じて、有権者に「スピン」があったこともある。今回の現象は兵庫県独自の現象で、SNSの普及により、今後も類似の現象は各所で起きるはずだが、その射程は案外短く、一般化はできないものと考える。「スピン」理論自体は何十年も前に紹介されたもので、今さら目新しいものでもない。

 

 兵庫県の複雑な政治状況、自民党の分裂を取り上げた郷原氏はそういう説明をしていないが、当方の見方はそういうものである。それに氏も任期5年の前任者(井戸)を既得権益呼ばわりは違うだろう。

※ 筆者の勘違いで、井戸知事は2001年から2021年まで5期20年務めており、5期を5年と取り違えた。従って、郷原氏は正しい。



2.公益通報制度の対象外

 この辺は引用文章からは判然としない。が、公益通報に関する下りは少し首を傾げるものがある。氏は前県民局長の告発した案件の大部分は公益通報者保護法の対象案件ではなく、保護法は限定列挙であるとしているが、この読みにくい法律の別表一号には一般法である刑法が挙げられていることがある。これは元々事業者における通報を前提とした法律で、別表8号の対象法は500余に上るが、地方自治法や公職選挙法は対象とされていない。

 それゆえ、告発案件7つのうち6つは限定列挙の対象外と氏は述べているが、対象法の列挙は極めて多種、多様に渡っており、法律家である氏でも全体の把握は困難なものである。例えば7のパワーハラスメントはうつ病を発症したなら刑法であれば傷害罪(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)であるが、これは地自法に基づく各自治体の懲戒基準では停職程度の事案である。これはなまじ除外したばかりに処罰がより重くなるということになり、限定列挙は結果の妥当性を欠く。

 やはり限定列挙ではなく、事実上の例示列挙と見るべきではないか、それに告発者にこれほど多くの法令を精査して刑罰法規を選択せよというのは告発者に過大な負担を強いるもので、それこそ法の趣旨を形骸化するものではあるまいか。私の考えでは県民局長の告発は公益通報者制度の外部通報に該当し、法の保護を受けるべきであったと考える。

※ 制定者が限定列挙と考えていたことには疑いはないだろう。

 処罰のあり方にも問題がある。県民局長の告発の内容を見るに、処分はせいぜい戒告程度が相当で、停職や懲戒免職は明らかに行き過ぎである。斉藤は三条の「相当な理由(真実相当性)」を内部調査や処分の根拠としているが、これは規定の仕方からして、それを判断するのは県知事ではなく裁判所である(郷原同旨)。

※ 「相当な理由」は全てが真実というわけではなく、誤信により真実でなく、証明に失敗することがあるためである。その判断に首長は適していない。

 ここには困った問題があり、郷原説(二条)を取っても斉藤説(三条)を取っても、件の県民局長の告発は法の適用の埒外で保護されないという結論になることがある。

 下された処分は告発の内容に比べ明らかに重く、兵庫県で恣意的な処分(それ自体違法なもの)が行われたことは明らかである。なので、ここでも通報者は公益通報者保護法で保護すべきであったという結論に妥当性があることになる。

 私の考えは郷原氏の考えとは異なっているが、元より法律は完璧なものではないことがある。公益通報者保護法のように複雑で読みにくい法律の場合は運用を積み重ね、判例を集積して妥当な運用を模索する姿勢を示すことが不可欠だろう。


3.証明困難なネット工作

 一夜にして選挙後の流れを変えたのは文中にある折田楓氏のブログ記事だが、郷原氏は公選法221条(買収及び利害誘導罪)を問題にしているが、率直に言って疑問がある考えである。というのは、折田が選挙運動の主宰者だったことは事実としても、インフルエンサーや運動員は折田以外に何人もおり、折田が彼らを組織して選挙運動することに対価関係があったかといえば、なかったように見えるからだ。

 折田の会社への支払いも選挙ポスターの制作など一見して合法な内容であることは予想できることであり、それが法外に高額ならば上記の疑惑も理由なしとしないが、おそらくそうではないはずであることがある。

※ 郷原氏は無謀な折田氏の行動を立花氏に対する「嫉妬」としているが、ありそうな話ではある。

 ここは地道ではあるが、公選法142条の6(インターネット等を利用する方法による候補者の氏名等を表示した有料広告の禁止等)における罰則である公選法243条など用い、関連する個人や企業を一つ一つしらみ潰しに起訴していく方が早道ではないか。折田を中心とした陰謀組織の全容の解明は困難だろうし、組織を買収とすると、最近の選挙に多い勝手連や無所属候補の支持者もグレーゾーンになり、別の意味で悪影響が予想できるからである。

 郷原氏は当選無効に加え、公選法251条の3(公民権停止)をも含む重罰を予期しているが、これは郷原式ではなく、面ではなく点と点とを結び、当選無効(251条の2)を目指す方が平易と思われる。

 SNSを用いた広告に金の流れがあることは、最近の動画は編集など凝ったものが多く、不特定多数の視聴者にアピールするにはプロの手腕が不可欠なことがある。立花のように候補者とインフルエンサーを兼ねている例もあり、広告収入も入ることから、目立つ動画があれば、選挙ビジネスをしている立花は例外としても、それは候補者や選挙関係者に繋がる金の流れがあると推量してよいものになっている。