ポクロフスクでの攻勢はそのままに、クルスクでロシア軍が反撃を開始したというニュースが数日前から流れているが、タス通信の報道だとウクライナは国境線近くまで追い立てられ総崩れという話になっているが、私は信じておらず、ここ数日は静観していた。

 兆候としては小康状態だったウクライナ軍の撃破数がここに来て再び増えており、何かしらの戦闘が行われていることは確かだが、参謀本部の報告は全戦区の総和で、特定の戦区ではないことがある。戦車が撃破されたのはポクロフスクかもしれないし、ヘルソンかもしれない。これまで得た情報ではクルスク方面のロシア軍は3~6万人で、兵力は反攻にはやや不足のはずである。

 反撃を報じているのが専ら我が国とロイター、ロシア系のメディアで、ウクライナ系のメディアではなかったこともある。ようやく昨日になってNYタイムズでも報じられるようになったが、どうも「反撃のような何か」のようである。中隊規模で分掌して攻撃する戦法はおおよそ予測がつく、ハルキウで試された方法であるし、念のためシヴェルスキー方面の戦況を見てみると、案の定攻撃活動は弱化している。ロシアにも人材がいないわけではない。ハルキウの例だと今回も国境近くまで迫る可能性はあるが、思うにまた梯子を下ろされるのではないか。

※ 一部の部隊がウクライナ領内に逆侵攻という可能性はある。

 シルスキーの階級は上級大将で、相手はたぶん気の利いた中佐くらいである。が、ハリコフに続くパート2では、前回は出し抜かれた総司令官も対策を用意したようだ。森林を利用した戦いに長けた相手に適応する火炎放射ドローンで、10mの上空からテルミット焼夷弾の雨を降らせるえげつない兵器である。効果があるかどうかは定かではないが(たぶん戦車には効かない)、今やシルスキーはドローン戦術の第一人者である。

 8月以来いつまでも居座っているウクライナ軍がプーチンにとって忌々しい存在であることは間違いない。プーチンはクルスクはただの陽動で主戦場はポクロフスクと強弁はしているが、諸都市へのヒステリックな弾道ミサイル攻撃に今回の中途半端な反撃作戦は、この地域の占領がモスクワ市民の不安を煽り、政治問題化しつつあることを示している。が、ゲラシモフにワグネルと共闘する気はなく、これに長距離ミサイル攻撃が加わればクレムリンの不安はいや増すものになるだろう。

 実はすでに供与されていたが、長射程攻撃能力は封印されていたATACMSについては、英国のストームシャドーと併せてアメリカは封印解除に前向きである。ある意味泥縄といえるが、こんなミサイルの助けを借りなくてもウクライナ製ミサイルがモスクワを射程に捉えたことがある。支援国に遠慮の要らない国産ミサイルを使われるよりはと封印解除はすでに既定の方針だったと思われる。ロシアの核は侵攻されても使わなかったのだから、今や恐れるに足りない。ミサイルはシュレメチボ国際空港でもロシア国防省でもどこでも落とせばいい。

 もう一つの悪手は外貨欲しさのロシアがウクライナの侵攻後なおスロバキア、ハンガリー、オーストリアへのガス供給契約の履行を確約したことである。これでスジャの計測所は攻撃できない目標になってしまった。現在欧州向けのガスはドルシバ・パイプラインを経由しており、他のルートもあるが現状ではドルシバが唯一である。ロシア特有の戦略と戦術の不一致がここでも顕出している。

 今夏以降の一連の状況を見るに、大戦略ではウクライナが一歩進めたように見える。ロシアは侮られるようになり、戦場でもうまく行っていない。アウディウカから30キロしか離れていないポクロフスクを落とすのに半年も掛かっている。クラホベのウクライナ要塞も何ヶ月も前に抜けたはずが全然抜けてない。

 ウクライナ側にも問題はある。徴集兵で膨れ上がった軍の訓練が不十分なことで、初期のような機動力を活かした作戦に適さないことがある。が、ロシアのような十把一絡げに突撃させて戦死させるような作戦をウクライナ軍は取るわけにはいかない。肉弾戦法を多用したロシアはとうの昔に機動力を失っている。

 総司令官の判断としては、ここは多少失地しても兵を生還させ、経験値を積ませる必要がある。戦場においては最初の戦いで辛くも生き残った兵士がその後もスキルを上げ、後の戦いでも有利に立ち回ることがあり、戦死させてしまってはスキルは身に付かない。強攻策は賢明ではなく、先のクルスク攻撃のような易い敵と戦わせるべきである。戦争は長引くが、現在のゼレンスキー=シルスキーの指導部は前任者のザルジニーよりその点では一致していると思われ、意思疎通も円滑なことから、見たところ、その余裕は(支援が続く限り)まだありそうに見えることがある。

 というわけで、今の私の見立てはウクライナ有利である。戦争の風向きは変わったように見えるが、プロパガンダではロシアは強力な宣伝機関を有しており、様子が見えるようになるのは少し先になると思われる。