クルスクの戦いは侵攻して一ヶ月になるがウクライナ軍が撃退された様子はなく、司令官のシルスキーは月初にポクロフスクに舞い戻って戦況を監督している。報道によるとクルスク正面でのロシア軍部隊は6万人、ポクフロスク方面はこの方面を担当するタブリア作戦軍のおよそ4倍、ウクライナ全域では50万が展開しているとされる。その多くがドネツク近郊にある。

 ポクロフスクはアウディウカを陥落させたロシア本軍(中央作戦軍)の最大の攻撃目標で、クルスク作戦時には防備から部隊を抜き出してロシア領に向かわせたゼレンスキー=シルスキーの計画は無謀と呼ばれた。が、CNNのインタビューに応じたシルスキーの言を見るに、十分な勝算あってのものだったと思われる。

 まず、ポクフロスク方面に展開しているロシア軍30万はいかにも多すぎる。将軍によると兵力比は1対4とのことであるが、通常、同種の攻勢作戦を行う場合のセオリーは敵の三倍とされる。つまり過剰兵力で、傾向がアウディウカ以降変わっていないことから、ロシア側には部隊を適切に動かせない、あるいは再配置できない事情があり、また戦域情報でも劣位にあることを伺わせる。

※ 派閥抗争だろうとは前から言っている。

 シルスキーは無人機部隊を使い、ポクロフスクにある敵軍のコミュニケーションを寸断し、数個師団の部隊を麻痺させ、迎撃目標を海兵旅団一つにまで絞り込んだ。現在ウクライナ軍は反撃に転じており、戦況は安定している。補給基地の攻略が長期化しているため、ロシア軍は市の南方、M04号線を挟んだ低地にあるノボグロディフカ、セリドベ方向からの攻勢を志向している。

 戦争捕虜はウクライナでは「為替資金」と呼ばれているが、これは同数のウクライナ捕虜と交換するためのものである。クルスクでかなり稼いだが、ここへ来てロシア側はポクロフスクで捕虜の即決処刑を頻繁に行っている。すでに60人近くが犠牲になっているという話もあり、戦時国際法に明らかに違反するこれはクレムリンの指示によるとされる。

 もう一つはドローンとミサイル攻撃である。昨年はインフラが主な標的だったが、今回はそれに加え教育機関というものが加わっている。弾道ミサイル攻撃を受けたポルダヴァは人口30万の中規模程度の都市で、陸軍士官学校とドローン学校があった。避難の間もなく被爆し、犠牲者は300人を超える。

 弾道ミサイルを迎撃しうるパトリオットは都市ではキーウからリヴィウまでの主要7都市に限定されていると思われ、順位18位のポルダヴァはほとんど無防備だったと思われる。使われた北朝鮮製ミサイルは、キーウだったらあえなく撃ち落とされたはずだが、これまで注目されたことのない、松江市くらいの中都市が被爆するとは思われていなかった。しかも不発弾の多いロシアにあって、今回はちゃんと起爆したこともある。

 ウクライナでは大規模な内閣改造があり、ゼレンスキーを除き、開戦当初のメンバーはほとんどいなくなった。現在のウクライナの課題は中長期的にはEUおよびNATOへの加盟、直近ではロシア領に対する長距離兵器使用許可だが、後者については供与された兵器はもちろんのこと、国産兵器でもモスクワを射程に捉えている。アメリカでは大統領選が佳境なので、これは少し様子を見る必要があるだろう。ハリスとトランプは今のところ5分と5分といった様子である。



 クルスク侵攻の影響についてみると、鈴木宗男と並んで「ロシアの代理人」と言った方が通りの良い佐藤優氏がロシアを訪問し、モスクワ市民の様子を伝えている。

 ウクライナ政府によると、この侵攻の目的は主力のあるポクロフスクへの圧力軽減と侵攻を通じロシア市民に動揺を与えることとあるが、氏によるとその効果はまったくないということである。が、モスクワ市民の深層心理は氏が述べ立てるよりも複雑である。

 氏はごく楽観的にウクライナの傭兵とナチス(氏の見解ではそうらしい)は戦時国際法の庇護を受ける資格なく虐殺され、モスクワは戦前より景気が良くなって市民は楽観的としているが、表層のみのことである。

 市民感情については、ノバヤ・ガゼータは抑圧支配の当然の効果として、クルスク攻撃に市民が動揺していないことは同じだが、多くの市民は戦争とプーチン政権を自分とは無関係、関わりたくないとしている心理を伝えている。

 

※ 日本でも政治に対する感情は似たようなものである。

 

 もちろん彼らは毎日千人以上のロシアの若者がドローンや大砲で殺されていることを知っているし、戦争の動機が権力欲で、プーチンとその取り巻きが腐敗していることも知っているが、自分たちの責任ではなく、また責任を負うつもりもないことを心中に期しているのである。自分の生活を脅かされない限り、彼らが政治的アクションを起こすことはない。

 

 パリャヌィツィアは電力インフラに向けて撃つのが良いだろう。私だったら官公庁の合同庁舎を狙う。モスクワは人口1千万の大都市で、目標はいくらでもある。

 クルスク攻撃の効果については、現状ではどの国でも定説がないことが本当である。ウクライナ政府の見立ては楽観的に過ぎるし、これまでの様子を見ても彼らがそう無邪気な人たちとも思えない。隠れた狙いがあるはずで、それについては今のところは良く分からないとなる。