ウクライナがスームィからクルスク州に攻め入って3週間、当初の計画では隣接するブリャンスク州も対象になっており、兵力は現在判明しているところでは7個旅団だが、迅速に攻め入りスジャの町を確保した所までは良かったが、ロシア軍の反応が思いのほか鈍く、もう一押しが必要な状況になっている。
ロシア軍が一部は包囲されて孤立したものの、大部分の部隊が迅速に退却したことについては、これは当初の計画としてあったものと思われる。国境守備に当たっていたのはロシアの徴集兵で、プーチンが公約で戦闘に参加させないことを誓約したもので、ウクライナ軍が検問所を破った場合にはクルスクまで後退することは予め言い含められていたのだろう。
ウクライナ軍は二方面から進行し、会合点は原発の町クルチャトフである。すでに近郊に達しており、占拠を計画しているかどうかは定かではないが、他にはスジャのガス計測所以外目ぼしい目標がないことから、ロシア軍が態勢を整えて反撃してきた場合はどうするのだろうと思わせる。
ウクライナ軍の戦いは国際人道法に準拠したもののため、仮に原発を占拠してもロシアのように爆発させたりすることはできない。原発は価値の乏しい目標で、個人的な見方では、この侵攻作戦はモスクワを直撃しなければ意味がないように見える。クレムリンを攻撃するには、少なくともATACMSの有効射程である300km以内に近接する必要がある。なお、ATACMSのこの種の使用をアメリカはウクライナに許可していない。
ロシア側の反応は得てして緩慢である。現在ロシア軍主力はアウディウカから40キロ北西のポフフロスク攻略に戦力を集中しており、ウクライナ側が押されていることは分かるが、よりモスクワに近いクルスクの危機に際してロストフ・ナ・ドヌーのゲラシモフが送ったのは事実上解体されている西部管区軍と東部管区軍の泡沫部隊で、後は過去の戦いで半壊した南部管区軍の親衛旅団とあまりにやる気ない戦力である。兵力も乏しく、7個旅団もいるウクライナ軍はとうてい追い払えない。
ポフフロスクを陥しても、ウクライナ軍は格段に防御の厚いパブログラードに後退するだけであり、クルスクの方がより切迫した状況に見えるが、この反応の鈍さはクルスク原子力発電所はすでに見切りを付けられているのか、よりありそうなこととしてゲラシモフとストームZ軍団(北部方面軍)の反目が修復不能のものになっているかである。
先にも述べた通り、原発はカードとして使えないので、ウクライナがポフフロスク戦線の好転を図ってクルスクを攻撃したというなら、ただロシア領に攻め入っただけではダメで、モスクワにHIMARSを撃ち込む以外ないのである。そうすればいかにゲラシモフがストームZが嫌いでも、主力を首都防衛に差し向けざるを得なくなるだろう。
先にロシア軍の後退は規定の方針と書いたが、ストームZ以前にこの地区の防禦を担当していたのは中央管区軍で、クルスク方面は参謀本部に転出した前司令官のラピン将軍である。転出は栄転ではなく、階級も上級大将から大将に格下げになったが、この方面のウクライナ軍の攻撃については早くから警告を発していたとされる。国境付近の要塞を占拠したウクライナ軍はラピンらの築いたロシア式築城術の堅牢さに舌を巻いたというインタビューもある。徴集兵の後退も彼の指示によると思われるが、緒戦の損傷を抑えるための有益な施策も、すぐ後にトンビに油揚げをさらわれるのがこの将軍と中央管区軍のいつもの光景であるから、彼にできることは何もないだろう。上官のジドコみたいに怪死するのもイヤである。
ラピンの古巣である中央管区軍はこの戦争ではロシアの数少ない「まとも」な軍隊で、現在はセベロドネツク付近にいるが、リマンとの間にあるシヴェルスキー戦線では巧みな戦闘を続けており、ハリコフ以降のウクライナ参謀本部は報告書で一項を割いて動向を観測している。
ウクライナ戦争はアメリカの支援なしにはウクライナが戦い抜くことはできなかったが、その支援については中途半端、勝たない程度の手助けという評価が定着していた。折しもバイデン政権が末期であり、次期大統領候補にカマラ・ハリスの名が浮上していることから、すでに消されてしまったが、欧州の識者の論考にはバイデン政権の対ウクライナ政策のピント外れと立案したサリバン補佐官に対する轟々たる非難と、ハリス新大統領にウクライナ政策の再考を促す内容のものもある。トランプは副大統領の人選で失敗し、再選の芽は早々に潰えたようだ。
ジェイク・サリバンはバイデン政権の安全保障担当補佐官で、ヨーロピアン・プラウダの論考を読んだ際にはウクライナの屍山血河の元凶はこの男と名前出しちゃって良いのかなと思ったが、案外著名人であり、地位もコンドリーザ・ライスやコリン・パウエルと同じであり、その割には軽量級だが、スウェーデン国際政治学者の論考は(たぶん横槍で)すぐに下げられたことはあるが、それなりに重要閣僚であり、前から指摘していたバイデン政権の「ヤジロベエ(親ロシア・ウクライナ懐疑派)」のもう一方として名前くらいは記憶しておいても良いかもしれない。