上図はNYタイムズのハリコフ侵攻の図だが、やっぱり衛星写真頼みのこの連中(ISW)、この作戦がどう行われたか掴んでいないんじゃないだろうか。

 

 見るとまあヒルボケ村は書いてくれているが、クラスネ村近くにあったというロシア軍の攻撃ラインは近くに道がないし、北のオヒルツェボも同様だ。だいたいこのあたりで戦闘が行われたことは事実だけども、書いてある地名は、ロシア軍がワープして現れたわけでもあるまいに。

 

※ 衛星写真による観測には昔から知られているある弱点がある。maxerの人工衛星の所在はロシア軍にはとっくの昔に知られており、通過時間に偽装することで部隊の所在や戦術企図を欺罔することができるのである。東大の国際政治学科は何億円か掛けてmaxerと契約したそうだけど、なんとまあ、ムダでバカなことをしたものかと思わせる。

 

 南の侵攻軍の方はヒルボケは抜けてリプシの近くまで来たようだが、実はもう少し東西方向に広がりがある。左端に小さく書かれているショパイン(スラティネ)のあたりは3日前はより深部への攻撃があった。ボルチャンスク周辺ももう少し北(ヴォロヒフカ)やボルチャンスク背後のゼムリャニ・ヤールといった小村にも出没しており、実は上の地図より北に少し長い。重ね重ね書くが、こういう所に揺らぎ出るにはロシア軍は道がないということである。彼らは図のように幹線道路から侵入し、左右に展開したのではない。

 

 今のロシア軍は上の図よりも北に押しやられ、ボルチャンスク付近も小さくまとまりつつあるが、昨日シルスキーを驚愕させたビルイ・コルディアズに向かっていた部隊の消息は杳として知れない。撃滅されたのではなく、たぶん、うまく逃げおおせたと思うが、現在のロシア軍の様子を見ると早くも撤収モードのようだ。それにしても上の図、ドネツ川をちゃんと書いてよと言いたくなる。ボルチャンスクのドネツ河畔の向こう側、スタリィツァも圧力を受けているが、河が分断しているので、両軍とも左右に分断して戦わざるを得ないのである。

 

 この作戦の評価は少し難しい。陽動には全然なっていなかったことは、はるか南側、ポロロフスクでのロシア軍の被害が全然減らないことで分かるし、ハリコフも中央管区軍がこうも簡単に店じまいしては(彼らはいつもそうだが)、スペイン王室の招待を袖にしてハリコフまで出てきたゼレンスキーも肩透かしである。

 

 軍事ばかり見ていると、戦争の政治的効果とか、何か別の戦略目標の所在とか、一見して分からないものの所在をつい忘れる。そもそも最近のロシア軍の作戦は大量流血を伴う力押しばかりで、作戦家が溜飲を下げるようなものはごく少なかった。全てはプーチンの胸先八寸だが、思うに彼らはどこかでシャンパンを傾け、ウクライナ参謀本部もISWも出し抜いた。ささやかな勝利を祝っているのではないだろうか。

 

(補記)

 ウクライナ参謀本部の報告からここ10日間のロシア軍の損失を見ると、10日前と比較して戦車の損失はあまり変わらないが、ハリコフ方面の戦端が拓かれたことにより、装甲兵員輸送車や自動車の損失が1.5倍になっている。反面、長距離砲やSAMの損害は減っており、これは当方の見立て通り、攻撃の中心が軽装備の自動車部隊で、ロシア領内から長射程砲やロケット砲、航空機のスタンドオフ射撃の援護を受けつつ、小部隊ごとに浸透したことを示唆している。航空機は以前と比べると良く出撃しているが、その分損失も増えている。

 

(補記2)

 ドネツ川を挟んで東岸のボルチャンスク付近の戦闘は散開したロシア軍が集結し、T2108線から引き揚げることで、戦いは終息しつつあるが、ロシア軍が浸透した領線の長さはおよそ70キロあり、西岸のスタリッツァ、さらに西端のリプシ付近ではウクライナ軍の撃退行動が続いている。このあたりは退却も困難で、続く計画がないならば、ロシア軍は小部隊ごとに徐々に退却しつつ自領内に撤退するものを思われる。ボルチャンスクとは戦いの傾向がやや違うことから、担当指揮官も違うのではと思われる。