つい忘れてしまうが、現在のウクライナ戦争の主戦軸はアウディウカ・ポロロフスクを結ぶラインで、規模の割に世界中に恐慌を与えているハリコフ戦線はむしろ脇筋である。担当しているのはロシア軍最小最弱の中央管区軍で、この軍団は他の三管区軍に比べると戦術巧者だが、その分深入りはせず、過去の戦いも戦果はそこそこに戦力を温存する傾向があった。なのでロシア四管区軍の中ではいちばん組織の崩壊が少ないことがあるが、今回は少々妙ちきりんな動きをしている。



 この軍団の戦闘がプーチンに強要されたものであることは明らかだが、見ると少しユニークな戦術を取っている。今までロシア軍といえば、ならず者のストームZ(受刑者中心のロシアの半グレ部隊)や民間軍事会社のロシアやくざ、強制徴募されたヒッキーやニートを先頭に、人間失格の擬似的人型生物が数を頼んで突撃してくるイメージがあったが、今回は国境の端々から染み出てくるような浸透の仕方で、構成も小部隊と自動車戦力が中心という、あまりロシア的でない戦法で攻撃している。戦線の長さもせいぜい数キロのストーム軍団に比べ、70キロと長い。

※ ただ前進するだけでなく、航空機や砲兵の適切な援助も受けている。

 気質も違うようで、バフムトやアウディウカで見られたストームニート軍団の兵隊やくざは戦意が低く、後ろから将軍が督戦隊で脅し上げないと戦闘しないし、目標を達成すると終業チャイムの鳴った派遣社員のように動きを止め、さらに行動して戦果を拡大しようとはまずしない指示待ち軍団であったが、今回は小部隊を預かる各指揮官がそれぞれ判断して行動しているようだ。

※ ロシアの不良軍団の場合、そもそも地図が読めず、平均してセンター試験200点程度の頭で、自分がどこにいるのか分かっていない面子が少なからずいた。

 それでも、重要都市が近いことや管区軍の性格、現司令官のシルスキーの気性から、攻撃は割と早い時期に押し止められるのではないかと推測し、事実そのようになりそうだが、ここまではロシア指揮官(モルドヴィチェフ)でも予測できない話ではないと首を傾げていた。侵入した部隊は各々少数だし、そもそも中央管区軍自体にそれだけの兵力がない。

※ ウクライナ軍の対応は、ホリエモン語は使いたくないが、概ね「想定の通り」である。最高司令官自らが出戦し、前線で果敢に指揮を執っている。前任者のザルジニーは知将だが、シルスキーは間違いなく名将である。ロシア人に取ってはゼレンスキーと並び、地雷爆弾で殺したいほど忌々しい相手だろう。

 ところがやってくれたと言うべきか、シルスキーの報告でロシア軍がビルイ・コルディアズに出現という記事を見て我が目を疑ったことがある。これは現在戦線とされている位置からかなり奥にある村で、重装部隊が配備されたボルチャンスクに通じるT2104道路を扼しており、東ウクライナの拠点であるクビャンスクとの連絡を断つ位置にある。今までのストームゾンビ軍団には及びもつかないことだ。

 先に私は今回の作戦は中央管区軍のおそらくは無名の中堅将校の発案によるものと書いたが、確たる根拠があるわけではない。このクラスの将校だとWikiや他のマスコミに履歴が載ることはまずなく、一応調べたが名前などは不詳である。が、ビルイ・コルディアズに向かっている部隊にいるはずである。

※ もっと上級で有名な将校でも、たいてい軍人の履歴というものはテンプレで、読んでつまらないもので、解読が必要なものである。

 いや、何と言うべきだろうか、遠い友人に親近感を覚えるような、朋あり遠方より来るというか、正直な所、私は自分の長い人生で同類と呼べる人間に出会ったことはなかった。政治学や法律学は修めたが、そこに生きる人間とは似た部分はあるものの、どこか違っていると感じてもいた。思い過ごしかもしれないが、今回は奇妙に納得が行く。

 いくら腐敗した人権無視ロシアとはいえ、軍事作戦には犠牲が伴う。今回のように軍事的な成果より政治性が重視されるような作戦でも、戦えば数百人、数千人が死ぬのであり、それは欺瞞で覆い隠していても心が痛むものである。今回の作戦の場合、侵出した部隊は後詰めがなければ個々に殲滅される運命にある。出た所からは帰れないのであり、それは見殺しなのかと少し嫌な気分になっていたことはある。

※ アイディア倒れと一時は考えた。

 国境から浸透し、ホフカ川を渡ってウクライナ軍の側面を廻り込んだ部隊の目的は、明らかに後方を扼してウクライナ軍の後退を促すか、怯ませて前面の攻撃を助けることにある。機動攻撃を仕掛けたのは発案者本人に決まっており、シルスキーもそれは分かっているので機動部隊で迎撃する構えである。が、ボルジャンスクに展開しているウクライナ軍を怯ませれば、それは長すぎる戦線に個々に点在している諸部隊の避退のチャンスになる。彼の考えは味方の生命を救うことであって、これから要撃してくるウクライナ部隊を引き回す策は考えてあるのだろう。ウクライナ参謀本部を恐慌に陥れたハリコフ攻撃は明らかに(戦略的には)一定の成果を挙げたのだから。

※ 実際の戦果よりも政治的効果を見るべきである。

 戦争は人間を敵と味方に割く、個人としてはいかに好感が持て、才智を評価すべき逸材であっても、それが敵ならば殺さなければならない。戦争の非情さであり、やりきれない所があるものである。後難を避ける意味でも、今回は殺した方がいいとは、本来は平和主義者で人道主義者の私でもそう言うだろう。これだけの奇策を発案する人間は、次はもっと精妙な策を考えつくに決まっているからだ。

 もっとも善意というものは信じない方が良い国ロシアであるから、モルドヴィチェフが適切な避退命令を発令しなければ、我が身を挺した彼の自己犠牲は無駄になり、哀れ犬死にするかもしれない。ウクライナにとってはその方が良いし、その可能性は全然、全く、ロシアの平常運転のように小さくないが、先にも述べた通り、およそ組織というもの、軍隊というものは、その上官以上の働きはできないことがある。

 

(補記)

 昨日あたりから「ロシアの北東部攻勢が失速(Forbes)」とか、「新型偵察ドローン(ISW)」などの記事が出るようになったが、失速したのではなく、最初からこういう計画なのである。プーチンが「緩衝地帯」という謎用語を連発していることもあり、ロシアの意図は見にくいが、同時に行われた後方諸都市への一見脈絡のない長距離ミサイル攻撃にもっと注目すべきだろう。これらはウクライナの電力インフラを破壊し、現在のウクライナは計画停電を余儀なくされている。

 

 新型ドローンについては、それはそういうものはあれば使うだろうとしか言いようがない。今までは支援を要請しても飛んでこないロシア空軍が、今回に限っては良く動いていることはこういうものの成果と言いたいのだろうが、そういう機械偏重、ハイテク偏重の偏った考え方が慢心を生み、ロシアの侵略を扶けているのではないか?