ようやくアメリカ議会でウクライナ支援の緊急予算が成立したが、戦況の方はといえば苦戦が伝えられている。元々アウディウカを撤退したシルスキーの戦術が弥縫策で、兵力に劣るウクライナ軍が大兵力のロシア軍を包囲するという南北長さ20キロの鶴翼陣形だが、南部のノヴォミハイリフカ、北のチャシフ・ヤールがほぼ同時期に破られ、これは弾薬枯渇の影響と思われる。都市に飛来するミサイルも撃墜数がめっきり減り、変電所や水力発電施設への被爆を許している。ヘルソン州クリンキの橋頭堡も滑空爆弾の攻撃で惨憺たる有様だ。

 動きのなかったチェルニヒウ州でも攻撃があり、スームィが空爆されたが、どうもロシアの関心はドンバスからハルキウを含む北東部に移っている感じである。ハルキウはキーウ攻略の要といえる都市で、余裕ができてここに力点を置くということは、やはりロシアはドンバス割譲などでは満足せず、キーウを占領して城下の盟を誓わせることを最終目標にしているようだ。

 ただ、このハルキウという都市、人口は140万(札幌市とほぼ同等)もあり、一昨年の侵攻では西部管区軍がサーモパリック爆弾を使用してまでしても落ちなかった都市でもある。都市のコンクリート建物は案外頑丈で、もっと小さな都市(マリウポリ)さえも南部管区軍とカディロフ軍団が総掛かりで、空軍も砲車も西側兵器もない民兵隊、旧ソ連製型落ち兵器だけのアゾフ大隊相手に3ヶ月攻撃してようやく陥したところを見ても、ハルキウの攻略がこれより易しいとは思いにくい。

 ミサイル攻撃を受けたカニフ水力発電所のあるドニエプル川の貯水池は霞ヶ浦ほどの大きさで、ここへの攻撃は「カフホカの惨劇再び」というロシア指導部の飽くなき破壊願望の表れと思われる。ただ核攻撃を想定した旧ソ連製のダムは丈夫で、カフホカも構造を熟知したロシア人技術者による内部からの共振破壊によるものだった。

 これらを見ると反転攻勢に失敗したウクライナはロシアの反撃を受け総崩れの様相にも見えるが、それ以前の数ヶ月から当てにならないアメリカ議会を念頭にウクライナ軍は戦線縮小、退却を考えていたと見える節がある。

 思うに今回も議案が採決されなければ、ウクライナ軍は戦線を大幅に縮小し、キエフやオデッサなど少数の重要都市の防御に切り替え、領土割譲を条件にロシアと講和を進めた可能性が高かったと思われる。採決は本当にギリギリのタイミングであった。

 Osintで情報を仕入れているとされるForbes誌のコラムニストDavidAxe氏は例によって近視眼で「ウクライナ軍の戦線が破られた」と吹聴しているが、氏によるとロシア軍が踏み込んだ時にはすでに軍の影はなく、軽装備の旅団が応対した程度でそんなのはすぐやられるという話だが、彼やISWの言うことを聞いていては、指揮官は移動も退却もできず、弾がないから反撃もできず、優勢なロシア軍相手に自滅するだけである。

 そもそも最初の鶴翼陣形がロシア軍の傾向を読み切った上での一時的なものである。シルスキーが知らないはずがない。まあこいつらはウクライナ兵が全滅してもオフィスでコーヒーを飲んでいれば良いだけだけれども。

 ようやくアメリカの援助が期待できるようになったけれども、ボロ陣地でめげずに防戦したおかげで飽きっぽいロシア軍は例の「ブラウン運動」で各所に拡散し、攻撃は激しいけれども配備は薄いと思われる。戦争の初期に比べればロジスティクスは改善され、兵器の質も改善している。ビザの更新を中止してまでして揃えた兵力を長大な戦線に付き合い良く並べるのはいかにも頭が悪い。長距離ミサイルで後方を攻撃し、敵陣を破って遊撃戦で各個撃破する好個のチャンスである。今のうちはロシアに頭に乗らせるだけ乗らせておけば良いのである。

 クリンキは少々難しいところである。これはアウディウカ戦の最中、クリミア半島のロシア兵力を引きつける陽動として試みられた。現在までの所、軽装甲車以外に渡河したという話はなく、村落はロシア爆弾の攻撃でほとんど更地になっている。実験的な部隊を当て、一時期は一日の戦果の半分がこの地域という戦果を挙げたが、陽動はというと、クリミア半島の戦力が元々少なかったこともあり、あまりうまく行ったとは言いがたい。

 ただヘルソン対岸のこの場所はロシア航空兵力を引きつけるには一定の価値がある。メインステイやバックファイアが旧式S200ミサイルで無惨にも撃墜されたのは哨戒機がこの地域をもカバーするように配されたせいだし、今でもスホーイが飛来して爆弾を落としている。距離は戦闘装備のロシア機がロストフから発進してギリギリという場所で、ロシア軍機の墓場には格好のロケーションでもある。維持することにはそれなりの価値があるが、全体を見ればこれは余力があればというものだろう。

 アメリカ議会での法案の棚晒し、採決遅延には在野で気勢を挙げているトランプ元大統領の意見が大きく影響したとされている。この人物に現在の情勢を理解する知力があるとは私は思わないが、議案をウクライナとは縁もゆかりも無いメキシコ移民と絡めたり、一部を借款にしたりというのはトランプの策謀である。

 が、これも見方による。法案が上下院を行ったり来たりしている間にプーチンの策謀によるハマス襲来があり、戦争犯罪人ネタニヤフの虐殺があったりで、そのまま行けばデッドロックのこの法案はトランプの努力も虚しく、プーチンと愉快な仲間たちの貢献で採決されてしまった。ある意味、ウクライナ最大の恩人はウラジミール・プーチンともいえる結果であり、この独裁政治の気まぐれさはウクライナ最大の武器であるが、ハルキウ侵攻作戦もこれでどうなるかは分からないものになっている。

 ゼレンスキーの「国民の僕」は彼のマニフェストで、暇があったら見ておいて損はないドラマである。上記のようなゴチャゴチャした情勢に対しても彼は処方箋を考えていたことは、ドラマ(特に後半)を見るとよく理解できるし、たぶん、ウクライナ国民も理解しているだろう。

 トランプについては、ナワリヌイと並びネットフリックスに彼の特集番組(全3回)があったので並行して視聴した。思っているよりだいぶ複雑な人物である。これについては後のこととしたい。

 司令官を解任されたザルジニー氏についてはまだ英国大使館に着任していないようである。人事のとばっちりで軍人まで辞めなければならなかったこの人物については退任後の手続きがおそらく色々あるのだろう。侵攻が始まる前は寡黙な彼に代わり奥さんが私生活など色々公開していたが、以降はないので元司令官の近況は現在は分からないものになっている。

 なお、ウクライナ特需でウハウハしている国はまず北朝鮮、滅びた方が良いこの世界のゴロツキ国家は今回もまた生き延びた。「愛の不時着」などでイメージは多少改善しているが、儲けた金の使い道はミュージックビデオである。

 あとトルコ、エルドアンはロシアのプーチンとよく似た指導者で個人的にも親しいが、国家経済でロシアに依存することは慎重に避けている。ロシア産肥料を使わないトルコ産のオリーブ油、パスタは肥料と電力不足でシェアが低下している地中海諸国を押しのけ市場を席巻する勢いである。我が国の政治家にもこのくらいの深謀遠慮があればと思うが。

 ほかイラン、ウクライナで猛威を振るっている爆薬付きラジコン機シャハドの元締めで、自分で作っているので余剰があり、先日イスラエル向けに300機を「予告付きで」バラまいた。イスラエル当局への電話から迎撃まで3時間もあったので99%以上が撃墜されたが、こんなくらいの数はこの国にはどうも余裕のようである。これも見ると北朝鮮もテポドンを撃つ前に首相官邸に電話くらい入れたらどうだと言いたくなる。

 もう一つはベラルーシ、特需の恩恵はなく、ロシアと一緒に禁輸で貧乏になっているこの国だが、プーチンよりもキャリアの長いルカシェンコ(30年)は石油の採れない同国で油田掘削を厳命した。これはロシア・欧米双方へのサインと思われる。ベラルーシくらいが必要とする量はアメリカもロシアも簡単に確保できるからだ。ベラルーシはロシアと並ぶカリ硝石の生産国だが、西側に付いた時の政治的ダメージは肥料などよりなお大きい。

 ワグネルの乱までは存在感を示していたチェチェンの二代目カディロフはどうもプーチンに毒を盛られて入院中のようである。彼を副首相時代のプーチンに紹介したのは先代カディロフだが、当時の好青年も戦争の不調で猜疑心の塊になっているプーチンには不逞な野心を抱く髭面小太り中年にしか見えなくなったらしく、チェチェン部隊が出すのが外国人傭兵ばかりで実兵力が少なかったことも災いしたようだ。重い腎障害でまだ若いのに余命は長くないとされる。独裁者は親しくしてもロクなことはないという良い例である。

 最近のバイデン大統領を見ると、私などは末期のルーズベルトを思い浮かべる。写真を見るとジェダイのオビ・ワン・ケノービのようなローブを纏った姿に品のある老人で、戦後世界を作った聡明で思慮深い人物でもあるが、末期は病に冒され覇気を欠き、ヤルタ会談ではスターリンに良いように引っ掻き回されることになった。我が国では北方領土に欧州では鉄のカーテンと領土不拡大の原則に反する失地の理由の大半に、この大統領の優柔不断が寄与したことは記憶しておいて良い。

 

 ウクライナのEU加盟については、つい最近EU委員会の指導を受けたウクライナの行政委員会が地方自治に関する勧告を提出したが、この内容が結構ものすごい。問題なのは政府で、日本でも地域ボスが跋扈する反民主的な地方自治体なんか対象にならないだろうと思ったらさにあらず、EUは本当にこんな基準で地方自治を運営しているかと思うと慄然とするものがある内容である。長くなったのでトランプ同様、これは後回しにしたい。