【ベイルートAFP時事】レバノンの裁判所は、日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告に対し、2019年に日本から逃亡して以降住んでいるベイルートの豪邸から退去するよう命じた。司法当局者が28日、明らかにした。同被告は上訴した。

 ゴーン氏が逃亡したのは2019年で、翌年にはベイルートの爆発があり、この居宅も被害を受けた。所有者は元は日産の関連会社(ジーア)だったが、4年も経っているので現在の所有はフォイノスという会社に移っており。ゴーン氏の主張によるとこれも日産の関連会社とされる。

 仏当局が国際手配を更新したことから、「すわ引き渡しか」と言いたくなる気持ちは分かるが、私はこれらの件が氏の身柄引き渡しに影響することはないと思う。レバノンは第一次大戦後にフランスの委任統治下に置かれたが植民地になったことはなく、イスラム教ドルーズ派から分派したマロン派キリスト教徒が支配階層で、ゴーン氏も彼を救出したテイラーもマロン派教徒である。レバノンは南米やアフリカの彼らの元植民地とは異なり、フランスの属国ではない。


 レバノンは欧米諸国よりも遥かに長い歴史の間、峻険な地形を利用して様々な支配者を受け容れ、かつ利用してきた。彼らの祖先が地中海に乗り出して交易に従事していた頃、マクロンの祖先は蛮族としてローマ人に追い立てられていた。我が国に至っては石器時代である。独立心は強く、その法システムも我々とは異なるが、いいかげんなものではない。

 むしろ、傍目から見れば明らかな明渡訴訟がこれほど長引いたことが驚きである。詳しいことは分からないが、裁判所は対抗問題で処理したようであり、ゴーン氏は日産との争訟では一定の成果を挙げていたはずだが、登記を具備しなかったために後に譲渡された投資会社に対抗できなかったのだろう。元々この物件は日産の所有で、彼の退任とともに所有権移転手続が行われる手筈だった。

 日産との関係でこの問題を処理できなかったことには不可解な部分がある。そもそも居宅を含む「報酬」は株主総会の決議を経ておらず、彼自身も認めるように報酬「案」であり口約束にすぎず、これは日本を脱出したゴーン氏が合鍵を持って乗り込んで占拠したものである。追い出された港区のマンション同様、物件を占拠する法的根拠は当初から彼にはなかった。こんな事件で判決まで4年も要する理由が不明である。

 これは損害賠償請求と併せ、元日産・ルノー社員だった彼の報酬を巡る問題が報道とは異なり、日産社内ではあまり整理されていないことを意味する。居宅が退職金の一部なのか、違うのか、会長時代から頻繁に利用していた事実もあり、彼はこれを退職金と思っていたようだが、これを認めるには会社におけるゴーン氏の功罪も確定する必要があり、功績のない人物とは言い難いことから、財産権として主張されれば弱い部分もあり、日産と同規模の他のCEOの退職報酬も検討する必要があり、こういったことから対日産の問題としては結審せず、日産が正面からの対決を避け、単純な対抗問題という解決を選んだ理由ではないだろうか。

※ ゴーン氏自身も自身の報酬についてあまり確たる意識は持っていなかったのかもしれない。馘首されたことによる正当な報酬を求めるなら、それを基礎に裁判を起こすことができたはずで、その場合は保全手続で第三者譲渡を防ぐこともできた。

※ 約因(consideration)は我が国ではあまり議論されないが英米法では重要で、今回の件でも問題になったかもしれない。ゴーン氏への居宅引き渡しが日産との間で事実上確定的なものとして扱われていたなら(会長時代の利用や居宅設備への差配など)、契約書や登記が存在しなくても家屋所有は実体的なものとして扱い得る。

 もしあの事件がなければ、彼は日産とルノー、水面下で交渉が進んでいたフィアットを併せた世界最大の自動車グループの総帥としてウクライナ戦争でロシアと対峙するはずだった。そのロシア最大の自動車企業であるアフトバスも彼が一時期CEOを務めていた会社である。これは戦争に影響を及ぼしただろうし、彼の強力なリーダーシップはウクライナの戦況を半年は進めたはずである。

※ ついでに書くと軽自動車も現在より幅広で快適な車種になり、自動車税も相対的に下がっていただろう。なにせあの軽自動車規格、平成10年から25年も見直されていないのだ。

 ウクライナ戦争の最初の一年はロジスティクス問題だった。自動車会社が戦争でどれほど強大な力を持つかは先の世界大戦で存分に示されている。もし、彼が経済界の陣頭指揮を執っていたなら、ウクライナ軍は現在よりも半年早くラファール戦闘機を手にしただろうし、新型榴弾砲は全戦線に行き渡っていただろう。ダボス会議に出席する面子は数百人はいるが、本物の経営者は一握りしかいない。彼はダボスの理事であった。

 それをまあ、安倍だの菅だのといったコマい政治家に失脚させられ、今や世界の傍観者で、彼の日産は永守という出自の分からないセコい男に翻弄され、彼もベイルートの半分壊れた居宅を巡って裁判沙汰になっているのを見ると、未来を見通せる人間は誰もいないけれども、何とまあ、浅はかなことをしたものだと思わせる。