このブログは葬式ブログではないが、前回、前々回のように葬儀を巡る話をあからさまに書いたものはあまりないと思うので、「覚え書き」として書いている。戻ってから残った親族から報告を受けているけれども、案の定、弔問客は退職後の地域サークルや三役をしていた区の関係者がほとんどで、会社関係はほとんどいないらしい。

 母親は新聞に掲載したはずだが、出した香典がほとんど戻って来ないとボヤいていた。親父が退職したのは30年近く前の話である。その後、関連会社で指導員のような仕事をし、元いた会社は日本電産の傘下に入ったが、こういう事情では縁が薄くなるのはやむを得ない。注目すべきは引退後の時間の長さである。30年といえば子供なら成人して子供を産むような長さだ。現に私の姪も甥も引退後に生まれている。

 「第二の人生」というが、これだけ長いと人生リスタートをもう少し真剣に考えた方が良い。健康寿命が言われているが、本当に介護が必要なのは末期の2~5年ほどで、それ以外の期間は日常生活も普通に行うことができ、新しいことにチャレンジしたりリスキニングしたりする時間は十分ある。

 その点、親父はあまり考えていたとはいえなかった。引退後の彼に指摘できることは何かにつけ「投げやり」であったことで、それは区の役員やサークルの取り纏めのようなことは元管理職なのでそつなくこなしたが、生きがいであったとはとても言えず、また、好奇心旺盛な人物であったはずが2000年以降はインターネットにもスマホにも関心を示さず、読んでいた本もそれほど程度の高いものとは言い難かった。元々分析の苦手な人物だったが、老境になって自分の考えを披露することはほとんどなくなった。

 問題なのはこういった後ろ向きの傾向が本人のみならず、周囲にも悪影響を及ぼすことである。現在私は母親にスマホを覚えさせることに苦労しているが、苦労するのは本人の能力ではなく、「こんなものはいらない」という親父の掛けた呪いである。この点、河野の父親が私がスマホを使っているのを見て、翌月には購入して使っていたこととは異なる。これは何度か入院した彼の病室と自宅の家族とのやり取りに実に役に立ったし、最後に病室から送った写真は亡くなる数日前であった。コロナ禍でもスマホ使用者の生存率はそれ以外よりも高かったのではないか?

 宗教観の問題もある。日本人の宗教観は21世紀を境に変化したと私は考えているが、先に参列した河野の父親の葬式は彼がクリスチャンで20年来教会に通っていたこともあり、牧師は知り合いで葬儀は故人の在りし日を偲ぶ感動的なものであった。それに引き換え会社教の私の父親は宗教者との繋がりはもちろんなく、故人について何か言えと言われても片言で要約することはとてもできず、葬儀を取り仕切った母親は葬祭センターの接待案内(弁当がどうだとか香典がどうといった)の文章を涙ながらに読み上げていた始末で、当人も何を読んでいるのか分からず、大部分の時間はお経を聞いているだけという何ともいえないものになった。そもそも宗派が浄土宗だったということも葬儀当日に初めて知ったくらいだ。

 なお、この葬式は新聞など公式の喪主は私だが、実質的な喪主は母親ということになっている。そもそも聞かれても何も分からないために、名義貸しのような使われ方をされており、さりとて何か言おうにも母親と姉の横槍で何もさせてもらえないというものであった。私が取り仕切ったなら要所はもっとちゃんとやっただろう。だいたい病状さえ1年以上知らされていなかった。

 私と姉の合作で、かなり良く書けていた故人の来歴も葬祭センターの司会が毒にも薬にもならない平板な文章に改悪してしまったために、照明が落とされ中島みゆきの「時代」が流れた葬儀のフィナーレは、これはいったい誰の人生を語っているのだろうといった白けたものになった。

 やり直しが効かないことは分かっているが、読者の皆さんにはこういう葬式はやらないようにということと、できることならもう一度仕切り直したい気分にもなっている。が、葬られた当の本人があまり考えていなかったのだから、お仕着せ感の強いイベントになってしまったことはやむを得ないかも知れない。

 葬儀については故人自身が話題自体忌避していたこともある。想定される状況に応じ、あの時はこの場合、この時はこちらの場合と幅広く検討する機会があれば、葬儀自体は突然のことから、泥縄的な対応はしなくて済んだ。エンドノートというものもあるが、結局のところ本人の心構え次第である。日頃から葬儀については日常会話として家族に話しておくのが良いと思う。

 

 自由な討論にするのが望ましく、それは財産や金銭の制約から、話題は結論ありきのものになりがちだが、それでは印象に残らないし、記憶にも残らない。被相続人は少し引きつつ話題を提供し、討論を見守る方が良い。

 死は特別なイベントではなく、誰もに起きることである。ネットを拒絶していた私の父親にはなかったが、見て感動を覚えたことの一つに、河野の父親が亡くなった時に口座凍結されて引き落としができなくなったということで、しいたけエキスを配合したシイタゲンやらアガリクスやらノゴギリヤシの健康食品の請求書が山と来たことがある。彼がそういうものが好きだったことは知っていたが、死してなお請求される健康食品の群れに、人は死んでも「しじみ習慣」は続く、日常が歩みを止めることはないのだと感動したことがある。

 なお、口座凍結について付言すると、銀行関係者の言では、大方の風聞とは異なり、これはATMで頻繁に引き落としがあったとか、訃報を見てというものではないらしい。大部分は遺族の口から発覚するもので、口座引き落としなどで銀行に問い合わせた際の会話からそれとなく探ると(例えば在宅とか)亡くなったことが分かり、確認して措置をするものらしい。

 良い葬式、いや最期のヒントは日常の生活の中にこそある。それと意識することなく、充実した日々を送ることが、死はいつ訪れるかは誰にも分からないが、実は最良の備えなのだと納得した次第である。

 特別なことは何もする必要はない。自分に素直に、気負いなく、人を嫉むことなく羨むことなく、諦めずに、納得のできないことは残さず、過ぎ去ったことに後悔せず、淡々と生きることである。