昨日にワグネルのプリゴジン氏が墜死したが、反乱以降のワグネルは当局に睨まれた精算中の会社状態で、彼の死がロシア社会に影響を及ぼすことはあまりないと思われる。プーチンがこれから彼のビジネスを解体し、新しい手駒に学校給食やアフリカ鉱山など利権を分け与えることになるだろう。

 戦争については動きが予想される。ワグナー軍団は今や存在しないが、プリゴジンの死の直前にロシア側からメディア発信の動きが見られたことがある。多くはウクライナの反転攻勢の限界や、ロシアに有利な和平を勧奨する内容で、発信者は西側の人間だが、水面下ではかなりのテコ入れがあったように見える。

※ 戦争に行き詰まり、補給不足で苦しんでいるのは、現在ではウクライナよりむしろロシアに見えることもある。

 プリゴジンの盟友で、先の反乱では軟禁された状態でワグネルに投降を呼びかけていたスロビキン元帥(陸軍将軍)はウクライナ方面軍の副司令官と航空総軍司令官を正式に解任された。一連の動きから、プリゴジン抹殺をピークにプーチンは戦争体制の刷新や戦略の見直しを考えているようだ。イーロン・マスクとも接触し、残存兵力を結集した乾坤一擲の決戦を企図している。ザポリージャでウクライナ軍主力を各戦線から結集したロシア軍全軍で叩き、キーウまで正攻法で進軍する計略だろう。

※ マスクは当初はスターリンクを提供してウクライナに味方する態度を取っていたが半年ほどで変節し、現在はプーチンに負け、暗殺を恐れるロシア寄りの態度を取っている。6月の反転攻勢でロシアとの交戦地域に入った途端にスターリンクが切れるなど、彼の気まぐれは多くの人命を危険に晒し、戦局に影響を及ぼすものになっている。が、バイデンとCIAのバーンズにも負けたマスクは国家反逆罪を恐れてロシアへの関与は否定している。

 バフムト戦線は整理されるかもしれない。元々この都市はプリゴジンが固執しなければ戦略的意味の乏しいものだった。今では独り歩きし、バフムトの名は両国でこの戦争を象徴するものになっているが、プリゴジンが死ねば固執する意味はあまりなく、プーチンは塩鉱山などに興味はない。

 ウクライナについては、戦術企図が今だに見にくいのは同国の秘密主義と司令部が1対1の戦いに躊躇していることがある。砲撃戦のようなものはより優れた砲と熟練した砲手がいれば、戦術を駆使して有利に立ち回ることができる。

※ ウクライナの火砲はロシアのそれより軽量で機動力に優れている。また命中率もドローンを駆使した弾着観測でロシアに勝っている。

 が、塹壕に突撃しての白兵戦はそういった技術力の優位、戦術の優位、兵士の熟練度の優位が発揮される場面が少なく、戦いは兵士の個人的優劣と数の勝負である。塹壕に残っている敵兵が攻撃するウクライナ軍より明らかに少ないと確信しなければ指揮官は攻撃命令を出さないだろう。熟達した指揮官ほどそうである。

 反転攻勢の遅さから欧米の識者には「早くやれ」という声があるが、一度突撃命令を出したら、結果は戦いが終わるまで分からない。白兵戦は軍事専門家としては投機に近い戦闘方法である。

 

 が、この焦燥感は西側だけでなく、ロシアも感じていることである。そしてロシアの指導者はザルジニーやシルスキーより明らかに軍事的知識に乏しい。兵力がほぼ同じなら会戦して一挙に決着を付ければ良いという誘惑にはウクライナよりも動じやすい。国力はロシアが有利である。失敗しても次があると考えても不思議ではない。

 ワグネルについては、これはロシアのロスジェネで本質的に反政府・反体制的な集団である。平均年齢も高く、日本なら安倍晋三のシンパやネトウヨに見られたような傾向があり、「ウクライナはナチス」などプロパガンダを無批判に受け容れているところも同じだが、ネットの中でしか暴れられないアベガーと異なり、武器を取って婦女を強姦し、老人や子供を殺して褒賞され、愛国心を主張しているところが異なる。

※ ワグネルがある世代・階層においては自己実現の場ということには注意すべきである。命知らずで勇敢な彼らは、故国では勇気も知恵も才能もあっても誰も評価してくれなかったためにワグネルをやっているのである。いびつで嗜虐的で、道理や情理に基づく説得が通じないのも、原因といえば就職氷河期の運の悪さくらいで、彼らには何の落ち度もなかったことに原因がある。これは彼らをそういう境遇に追い込んだプーチンには怒りを向けるべき相手を彼らが知ったらどうなるかということで、恐怖を感じることである。

※ 戦争の初期には民家に押し入って冷蔵庫やテレビを強奪する若いロシア兵が話題になったが、ワグネルについてはそういう話を聞かない。むしろ居酒屋での金払いの良さやサブカルにのめり込むマニアックな面が報じられ、勧誘広告は親孝行など、これは彼らの動機が世代レベルで異なることを示している。ロシアの若年兵は戦車をウクライナに売り飛ばすなど物質的な欠乏、富への渇望が欲望の多くを占めているが、ワグネル兵の動機にはそういう部分もないわけではないが、もっと抽象的、概念的なものである。

 

※ そういった理由から、彼らを既存の軍隊に組み入れることはほとんど不可能であると考える。


 過去30年に渡るソ連崩壊とプーチンの失政によって生じた幅広い年齢層のいびつな集団をプリゴジンは良く束ねていたと思うが、当初はロシア軍に組み入れようと目論んでいだプーチンも彼らの本質を知るにつけ、勧誘は諦めたというのが本当のようである。ワグネルの今後は静かに解体し、元の不平屋やネットウヨクに戻るものと思われる。
 

※ 英国国防省(25日)はワグネルの過剰な行動性や並外れた大胆さ、結果への意欲と極度の残忍性はプリゴジン自身の個性が反映されたものとしているが、私は異なる考えを取る。むしろ境遇に似た所のあるプリゴジン自身が彼らの影響を受けて人柄を変えたのである。

 

 

 なお、プーチンによるプリゴジンへの弔辞は、この人物の人柄や人生を的確に表現したものであり、この人物にしては例外的に聞く者の心情を揺さぶるものとして、先の安倍元首相に対するそれよりも情理に富むものであったことは、彼らの間にある複雑な関係を表象するものとして、留意しておいて良い点である。