6月初めに始まったウクライナの反転攻勢はザポリージャ、シャフタール、バフムトの3戦線ではウクライナ軍が若干の前進を見せているが、北部ライマンではロシア軍が攻勢してクビャンスクに迫りつつある。

 ロシアはライマン方向の兵力を増強しているが、これは同軍が唯一前進している地域である。増援は予備兵と密かに集められた召集兵が中心で、投入している兵器も兵器の枯渇からやや古臭いものである。ここでの攻勢は陽動と思われる。

 ウクライナ軍の戦略意図は反攻から2ヶ月経った今日でも見にくい。これは大部隊が展開する会戦では異例のことで、3軸のいずれもが攻撃の主軸たりうる。バフムトを攻略すればルハンスクに進軍してドネツク市の背後を衝くことができるし、ヴェリカ・ノボロシカを含む枢軸は突貫すればマリウポリ、ベルジャンスクに抜けられる。そして最大の焦点であるザポリージャでは州都メリトポリとクリミアが射程に入る。ウクライナ軍は選択肢を留保しており、現在戦線に投入されている兵力は全軍の30~40%ほどである。

 ロシア砲兵隊の損害率の高さは収まる気配がない。車両の損失も増えているが、これは装甲された車両が不足し、兵員の輸送をトラックなどより軽便で脆弱な輸送手段に置き換えていることが考えられる。またここに来て戦車の損害が増えていることは、砲撃戦で押され、地雷原突破で陣地が侵食されるに連れ、戦車で交戦する機会が増えていることが考えられる。ペースは緩慢だが、戦況には明らかな前進が見られる。もう少し進めば、これまで被撃墜がほとんどなかった戦闘ヘリや地上攻撃機にも地対空ミサイルによる損失が生ずるようになるだろう。

※ ロシアのKa-52、Su-25は有効な迎撃手段のない現在の戦線では滅法強いが航空機としては二流の機体である。Su-25と同コンセプトのアメリカの地上攻撃機A-10はとっくの昔に退役している。

 戦線が膠着していることにつき、これは戦争の当初からあったものだが、識者の一部にアメリカはウクライナの勝利を望んでおらず、故意に兵器の供給を遅延させて戦争を長引かせているという論調があるが、私はこれは違うと思う。

 戦争を引き伸ばす目的はアメリカにとっては潜在的なライバルとなりうる国の兵力を引き付け、消耗させて自国の利益を確保することだが、現在のロシアはアメリカのライバル足りうる国ではなく、消耗させる前でも政治経済的に影響がほとんどなかったことがある。戦争の長期化はアメリカの利益にはまるで関係がない。

 むしろ兵器供給の遅延はソ連崩壊以降のかなりの長期間、先進国の間では平和が保たれ軍事力の必要性がなくなったことによる。ロシアですらソ連崩壊後はこの国家間フォーラムの一員であり、ほとんどの国にとって、平和的に交易している国家が密かに武器を蓄え、軍事力を増強する必要性は理解できなかったことがある。遅延はそれによるもので、陰謀というのは当たらない。

 ここで長期化に利益を持つのはアメリカよりもむしろ中国といえる。中国においてはウクライナでの戦争と西側支援については先のアメリカの議論がそのまま当てはまり、戦争の長期化はライバルの排除に繋がる。が、現在はアメリカや西側諸国の損失より、ロシアと組んだことによる世界経済での居心地の悪さの方が中国自身の損失を招いており、また公式にはロシアも支援していないことから、ロシア軍の増強にも役に立っておらず、これは中国自身も困っていることのように見える。

 いずれにしろ、2ヶ月続いた強襲作戦の後にウクライナ軍はかなり大規模な攻撃作戦を準備している様子である。緒戦でなし崩し的な消耗を避けていたことがあり、ある程度まとまった規模をぶつける様子だが、ザポリージャがもっとも可能性が高いとはいえ、現在あるどの戦区でもそれなりの作戦展開ができることがある。

 モスクワへのドローン攻撃は軍による統制された空中攻撃かには疑問の余地がある。ウクライナ軍の場合、敵目標を攻撃する際には盲撃ちはあまりやらず、弾着観測のアセットを配している。先のトクマクへの司令部攻撃も目標自体は直接観測のできない水平線のはるか彼方だった。それでも司令部崩壊をリアルタイムで確認でき、司令官死亡を確認したが、モスクワの場合、狙われたのは合同庁舎ビルに相当する建物だが着弾を制御していた様子はなく、戦果の確認もロシアメディア頼みであったことであったことがある。

 

 ウクライナで軍組織以外の組織が戦闘活動を行っていることについては、アメリカからは文民統制の不徹底としてNATO加盟の障壁の一つになっている。自由ロシア軍など準軍事組織の位置づけについては、組織がそれなりの存在感を示すようになっている今日ではゼレンスキー政権の判断が必要なところである。