ウクライナでは戦いが続いているが、進まない戦局にアメリカなど支援国には落胆の声も聞かれる。泥濘期が近づいており、今後2~3ヶ月で戦局の好転がなければ戦争は長期化し、支援を続けている各国もこのまま支援を続けられるものかどうか見直しの必要に迫られるだろう。が、6月初旬から状況を観察していると情勢には変化が見られる。



 上図は反転攻勢が始まった6月初旬から現在までのウクライナ軍参謀本部による戦果報告だが、先に指摘したようにウクライナ軍は諸兵科統合戦術から砲撃戦に戦術を変更しており、現在はロシア軍の砲兵戦力の破砕に重点を置いている。が、6月下旬頃からロシア砲兵隊の損害が増加していることがある。

 現在までのところ、ロシア軍とウクライナ軍の損害比は5~8対1で、この比率だとロシア軍は6月以降358台の戦車を失ったが、ウクライナ軍も40~70台の戦車を失い、装甲戦闘車両は80~140台で計120~210台となり、これは諸般の報告とほぼ一致する。攻撃作戦においては攻撃側の損害が防御側より多いというのがセオリーであるが、どうも見るところ損害率はあまり変わっていないようである。これはロシア側の戦術に問題があろう。

※ これが不思議な所で、ロシア戦車は地雷原や堡塁に隠れて温存されていないようなのである。頻繁に出戦し、その都度ウクライナ軍の砲火やドローンの餌食になっている。思うに地雷が本来必要な数よりだいぶ少ないのではないか。

 肝心の砲熕火器については、報告ではロシア軍1201基だが、上述の損害率を当て嵌めてウクライナ150~240基とはどうも見えないことがある。損害が増大していることは砲撃戦では砲撃に打ち負けていることを意味する。砲兵隊がロシア軍で最も危険な軍種であることは明らかで、砲一門を失うということは、防御装甲の欠如から最低でも2~3名の砲手を失うことを意味する。つまり、勝っている側の砲手は戦いごとに技量を向上させて効果的な攻撃を行うことができるが、負けた側は負傷した砲手の代わりに未熟な新兵が配属され、命中精度でも攻撃力でも劣勢になることがある。ランチェスターの法則がそのまま当て嵌まる状況がある。

※ NATOの影響を受けたウクライナは命中精度に、ロシアは旧ソ連以来の傾向から投射弾量に重点を置く傾向は元々ある。が、スマート兵器の現代戦においては旧ソ連式の戦術は時代遅れである。

 これは戦術にも影響を及ぼす。どんなに革新的な戦略戦術でも、部隊が基本的な技量や訓練に欠けていれば実行することは難しく、抗命が頻発し隊列は乱れ、想定ほどの戦果は挙げられないのが常である。戦機を掴むにはまず部隊がその使用する兵器や戦術に熟達している必要がある。熟練した部隊が必ず勝利を掴むとは限らないが、訓練や技術に欠けた部隊が決定的な勝利を掴むことは決してない。

※ ウクライナの兵力も無尽蔵ではなく、砲兵隊には女性兵士の姿も多く見られるようになっている。戦争に勝てばの話だが、彼女らの存在は戦後のウクライナ社会を大きく変える原動力になるだろう。

 このように見ると、単調な戦闘が続いているが、戦いの秤はどうもウクライナ側に傾きつつあるようである。両軍ともクラスター弾の使用が始まっているが、この弾頭の影響についてはまだ確定したデータがないものの、有効に用いるのはウクライナ軍の方だろう。

 こういう膠着状態では独裁的なリーダーは倦んだ従来の戦いには目を向けず、どこか違う所に活路を見出すものである。ベラルーシのルカシェンコはプーチンに比べれば緩い独裁者だが、それでも何年も前のデモ参加のビデオ映像を証拠に国民を拘束するなど後ろ向きな弾圧を活性化させている。新たに子飼いになったワグナー軍団もある。プーチンの考えではどうもベラルーシを通じルーマニアに戦火を飛び火させたいようだが、予算不足で見送った日本侵略同様、これもうまく行かないだろう。

 もう一つあることとして、穀物合意を巡る黒海海上支配の変質がある。黒海は元々ロシアの海で、旧ソビエトの時代からロシア艦隊が制海権を握ってきたが、トルコが欧米に接近していることにより艦隊通過が議論になる余地が出ている。ウクライナの苦戦は大部分海上支配の欠落に起因する。ロシアの制海権は戦争に決定的な影響をもたらすが、いかんせん誰も議論しないのが惜しいところである。
 

※ ゼレンスキーもレズニコフもこの制海権の帰趨についてもう少し見識を持っておれば、戦いの展開は現在とは違ったものになった可能性が十二分にある。この点、彼らはアメリカ建国の父ワシントンとは異なる。